自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【2276冊目】エイミー・E・ハーマン『観察力を磨く名画読解』

 

観察力を磨く 名画読解

観察力を磨く 名画読解

 

 

記事としてアップするのは「ムンク展」の直後になってしまったが、読み終わったのはもっと前。ムンク展もその前のフェルメール展も、この本を読んでいなかったら、まるで違う体験になっていたと思う。

原題は「Visual Intelligence」。まさに「見るインテリジェンス」を高めるのが、この本の目的だ。ユニークなのは、そのためのツールとして使われるのが、古今の名画であるというところ。その理由は、アートとは「途方もない量の経験と情報の蓄積」(p.29)であるからだ。

本書はそのことを実感させるために、実際に多くの絵画を取り上げて、読者にエクササイズさせてくれる。例えばフェルメールの『夫人と召使』を見たことのある人は多いだろう。え、ない? では、コチラをとりあえずどうぞ↓

 

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さて、ご覧になった方に聞いてみたい。上の絵には、例えば「膝に垂れるオレンジ色の紐」「紙の上半分に書かれた文字」「背後の幕のようなたるみ」「インク壺とコップに映り込んだ外の景色」等が描かれている。では、この4つすべてに気づいた人は、いったいどれくらいいただろうか?

大事なのは、すべての情報はフェルメールの絵の中に含まれているということだ。ところが、人は細部の描写を「見ていながら、見ていない」。そのことを著者は「非注意性盲目」と呼ぶ。

もちろん、人は見落とすことがあって当然だ。問題は、自分が見落としているかもしれない、という自覚を、ほとんどの人はもっていないことだ。確かに、美術館だったら、それで問題ないかもしれない。だが、その人が犯罪事件の目撃者になったら? あるいは、その人自身が警察官だったらどうだろうか?

見えていたはずのものが目に入らない、だけではない。人はそこに書かれていない情報を読み取ろうとする。若い女性と年配の女性が寄り添っていたら母娘と考え、ラフな格好で走っている黒人とその後ろを走っている白人の警官がいたら、黒人は白人警官に追われていると考える(欧米圏での場合に限り……と、信じたい)。人は多かれ少なかれ、先入観(バイアス)の塊なのだ。

だからこそ、警察官や消防士、児童虐待に関わるケースワーカーや航空機のパイロットなどは特に、本書のような「学び」が必要なのである。いや、それ以外のどんな人にとっても、思いがけない危機的状態に置かれた時は、目に入るすべての情報から確実な要素を余さず集め、優先順位をつけ、客観的に判断できるかどうかが、時として生死さえ分ける。だからこそ、本書のような「トレーニング」が大事なのだ。

ちなみに、老婆心ながら一言。こうして細部を観察し、読み解く訓練をしておくことは、肝心の絵画鑑賞の質も間違いなく上げてくれる。少なくとも「絵の解説文を読まないと絵が楽しめない」という水準からは、確実にステップアップできることと思う。