【2267冊目】芦原伸『へるん先生の汽車旅行』

 

へるん先生の汽車旅行 小泉八雲と不思議の国・日本 (集英社文庫)
 

 

へるん先生とは、小泉八雲こと、かのラフカディオ・ハーン。その通った道を同じように体験しつつ、その生涯に思いをはせる一冊だ。

ハーンは生涯の旅人であった。本書に取り上げられているだけでも、ニューヨークからシンシナティ、そこからカナダ西端のヴァンクーヴァーへ。日本では松江での日々が有名だが、実際には熊本、神戸、そして東京へと渡り歩いていた。ちなみに、一番長く滞在していたのは、実は東京だったという。

そして、旅、特に鉄路の旅と言えば、実は本書の著者はうってつけである。なんといってもこの著者、雑誌「鉄道ジャーナル」にも在籍していたことのある、筋金入りの鉄道旅のプロなのだ。そのため鉄道の描写がやたらに詳しいのはご愛敬。

ちなみに、著者の祖父、蘆原甫(あしはらはじめ)はハーンと同じ1850年生まれ、西南戦争では乃木希典のもとで参戦し、熊本城で薩摩軍と戦っているのだ。ハーンも熊本に滞在していたことがある。著者は祖父とハーンの違いにも目を留めつつ、どこか「もうひとりの祖父」をハーンに観ていたのかもしれない。

本書を読むと、ラフカディオ・ハーンが当時日本に来ていた外国人の中ではきわめて異例の存在であったことがよくわかる。そもそもハーンはフェノロサやコンドルのような「お雇い外国人」ではなく、メディアの世界で食い詰めて記事を書くために日本にわたってきたのであった。

例外的なのはそれだけではない。当時、日本にやってきた多くの西洋人が日本の文化や風習を遅れたものとして侮蔑し、どこに行っても自国の流儀を押し通そうとする中で、ハーンはむしろ日本に愛着を感じ、招かれた先では、泊るところも食べるものも日本のものを要求した。他の外国人は、日本人と結婚しても、帰国命令があれば妻子を置いて本国に帰ってしまったが、ハーンは自分が日本に帰化してしまった。その背景にあるのは、自分を見捨てたアングロ・サクソン人の父に対する怒りや憎悪であり、生まれ故郷のギリシアにかつて息づいていた多神教の歴史であったのかもしれない。

もっとも、ハーンが予言していたように、日本の西洋化は後戻りのできないところまで進んでしまった。その言ってみれば成れの果てが、著者が辿った21世紀の鉄道ルートなのである。本書は、ハーンの見た明治の美しい日本と、徹底的に西洋化された現代の日本を重ね合わせる、いささか意地の悪い一冊ともいえるかもしれない。