自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【本以外】フェルメール展

行ってきました、フェルメール展。

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2500円というややお高めの値段設定、入場時間指定というシステムに購入時は戸惑ったが、行ってみて納得。時間指定してもこの混雑ぶりなら、何もしなければどうなっていたことか。

ちなみに他の工夫として、音声ガイドが無料、作品説明は絵の傍に置かず小冊子にまとめて配付している。これも良かったと思うが、どっちにしても自分の場合、1周目は音声も聞かず説明も読まないのであまり関係ない(私の場合、展覧会は基本的に2周し、最初はひたすら絵だけを眺め、2回目に説明を聞き、音声を聴く)。

前半に並んでいる、あまり見たことのないオランダ絵画がなかなか良い。個人的に印象に残ったのは、カラヴァッジョへのオマージュが感じられたヤン・ファン・ベイレルト『マタイの召命』、不穏な湿った風さえ感じられるアラールト・ファン・エーフェルディンヘン『嵐の風景』、野ウサギの臨場感が圧倒的なヤン・ウェーニクス『野ウサギと狩りの獲物』、思わず笑ってしまうユーモアあふれるヤン・ステーン『楽しい里帰り』。ピーテル・サーンレダムの幾何学的な教会画も現代的でおもしろい。

そしてフェルメールであるが、普通なら1点あるだけでも大騒ぎのフェルメール作品が一室に8点もあるので、なんだか奇妙な感じがする。だが、同じ女性がモデルと思われる(着ている服も同じ)『リュート調弦する女』『真珠の首飾りの女』『手紙を書く女』が並んでいるのは、やはり鑑賞側としてはうれしくなってしまう。彼女のいろんな表情やそぶりを眺めているだけで、なんだか知り合いにでもなれた気分だ。

それにしても、やはりフェルメールの作品は圧倒的だ。他の作品が平面なのに対して(絵なのだから当たり前だが)、フェルメール作品は立体的に見える。それも奥に深いというより、手前に浮き出ているような空気感が感じられるのだ。目に見えるものだけではなく、光、空気、音など、明らかにフェルメールは「目に見えないもの」をカンヴァスに写し取っている。人の感情さえ、そこには漂っているようだ(『真珠の首飾りの女』の嬉しそうな顔ときたら!)。

『牛乳を注ぐ女』も、ホンモノを見たのは初めてだが、そこにある女性の「質感」がすごかった。がっしりした腕、存在感のある身体、伏せているが質実そのものといった印象の顔。こういうことは、画面越し、印刷越しでは分からない。やはりホンモノというのは、そのものを見るべきである。