自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【2246冊目】山本兼一『いっしん虎徹』

 

いっしん虎徹 (文春文庫)

いっしん虎徹 (文春文庫)

 

 

甲冑鍛冶から40代で刀鍛冶に転向した長曾祢興里こと「虎徹」。後に伝説の刀鍛冶として歴史に名を残した男の日々を描いた小説。

まず驚くのが、「鉄」に関するテクニカルな説明の多さと、細かさ。前半の「たたら場」における製鉄のシーンから、刀を生み出す鍛冶の技まで、とにかく情報量が多い。にもかかわらず、読んでいてまったく退屈しないのは、なんといっても著者の文章のもつ迫力ゆえだろう。

一方で、刀を鍛えることが単なる技術の優劣だけでは決まらない、というのが、刀鍛冶の奥深さを感じさせられて面白い。特に、興里が最初に鍛え、自信たっぷりに披露した刀へのボロクソの批評。「刀が怒っている」「切れろ切れろの気持ちが迸り過ぎておる」。だが、そうした「強さ」は、実はもろいのだ。それは刀だけではなく、人間にも通じることである。

本書はそんな刀鍛冶の、精神の成長譚である。それはまた、中年に達した興里が、「虎徹」として生まれ変わるプロセスを描いた再生の物語でもあろう。そう考えれば、本書の内容は現代の「中年での転職・起業」にも通じる要素があるように思う。大企業ならぬ幕閣相手に虎徹が見せる意地と矜持など、現代モノなら池井戸潤あたりが書きそうなテーマであろう。