自治体職員の読書ノート

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【2237冊目】アンソニー・ドーア『すべての見えない光』

 

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

 

 

本の内容をまとめるだけなら、読み終わってすぐに書き始めたほうがよい。だが、本が自分の中を通り過ぎていった、その時の感覚や記憶を綴るのであれば、すこし時間をおいたほうがよい。それは時として、読み終わったときは擦過傷のようなものなのだが、しばらく経つと忘れがたい甘酸っぱい想いとともに、不思議なカタチで再生されるのだ。

技術や工学に図抜けた才能をもち、ナチスドイツの技術兵に抜擢された少年ヴェルナー。幼いころに視力を失い、ナチスの手を逃れてサン・マロに身を寄せる少女マリー=ロール。普通であれば、決して交わることのない、ふたりの人生の軌跡。だが、あるとき少年は、生き埋めになった地下室の中で、少女が読み上げる「海底二万マイル」をラジオで聴く。声だけの出逢い。だが、声だけであるからこそ、少年は魂の奥底を揺り動かされる。

一度だけ、ヴェルナーはマリー=ロールと出会い、共に時間を過ごす。500ページを超える長大で、数々のドラマが複雑に織りなされた物語の中で、たった一度。だがその出逢いが、ふたりの人生の中でももっともたいせつな、珠玉の時間となっていくのである。そしてその時間を、読み手もまた、共有することができるのだ。それこそが小説という形式のもつひとつの奇跡であり、私が小説を読む最大の理由なのである。