自治体職員の読書ノート

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【2230冊目】ウンベルト・マトゥラーナ&フランシスコ・バレーラ『知恵の樹』

 

知恵の樹―生きている世界はどのようにして生まれるのか (ちくま学芸文庫)

知恵の樹―生きている世界はどのようにして生まれるのか (ちくま学芸文庫)

 

 

「すべての行為は認識であり、すべての認識は行為である」
「いわれたことのすべてには、それをいった誰かがいる」(p.29)

 



引用したのは、本書の冒頭に掲げられたテーゼである。何かを「知る」という場合の「知られるもの」は、そのままの形で存在しているわけではない。むしろ「知る」という行為そのものが、「知られるもの」を形成している、ともいえる。本書のクライマックス、第10章「知恵の樹」では、このようにも書かれている。

「認識についての認識は、強制するのだ。それは確実さ[確信]の誘惑にたいしてつねに警戒的な態度をとるように、ぼくらを強制する。確実さは真実の証拠ではないのだと、認めることを強制する。みんなが見ている世界は、唯一の[定冠詞つきの]世界なのではなく、ぼくらがほかの人々とともに生起させているひとつの世界でしかないのだと、はっきりと理解することを強制する。世界とは、ただぼくらが異なった生き方をするときにのみ異なったものとなるのだということをわかるようにと、ぼくらを強制する(後略)」(p.296)

 



すなわち、本書は世界の「見方」についての本であり、同時に世界の「生成の仕方」についての本でもある。本書は、確実であると思っていた世界がまったく不確実なものであることを告知する一冊であり、「認識」と「行為」を連結することでそうした世界の見方から脱出するための本でもある。

そのために本書は、いったん生命の成り立ちと再生産の仕組みに踏み込み、そこから個体発生と系統発生、認識行動、文化や社会のありよう、そして「言葉」というものの本質へと論を進めていく。その中で登場するキー・コンセプトが「オートポイエーシス」である。実際、本書は一般には「オートポイエーシスの入門書」といわれることが多い。

オートポイエーシスとは何か。生命とは本質的には自律的(オート)な存在であり、完結したシステムであって、その組織が組織自身を再生産する。それは「生物を自律的システムとしているメカニズム」(p.56)なのである。

では、この「オートポイエーシス」という生物の特質が、どのようにして冒頭のテーゼに結びつくのか・・・・・・というところが、実は読んでいて筋道をつかみかねたところであった。これは私自身の読み方の問題だと思うのだが、本書は決して厚い本ではないのだが、議論があまりにも多様に展開しており、本筋をつかむのが難しかった。その意味で今回、私はこの本をちゃんと読めたとは到底言えない。いずれまた、丁寧に再読したい一冊である。