自治体職員の読書ノート

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【2176冊目】アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険』

「自然は「生命の網」であり、地球規模の力なのだとフンボルトは気づいた。ある研究仲間がのちに述べたところによると、フンボルトはすべてが「千本の糸」でつながっていると理解したはじめての人だった。この新しい自然観が、こののち人びとが世界を見る目を変えることになる」(アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険』(NHK出版 2017) p.136-137)

 

 

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

 

 

この本、すっごく面白かった。フンボルトなんてほとんど知らなかったが、こんな途方もない人物だとは。

アレクサンダー・フォン・フンボルト。ナポレオンの同時代人であり、当時「世界でナポレオンに次ぐ有名人」と言われ、ゲーテは「フンボルトと数日ともに過ごすのは「数年生きる」のと変わらない」と言った。ダーウィンはビーグル号にフンボルトの著作集を持ち込んで愛読した。ソローの『森の生活』も、フンボルトの存在がなければ生まれなかっただろう。トーマス・ジェファーソンシモン・ボリバルフンボルトと親交を結び、一目も二目もおいていた。


環境保護を世界で最初に訴えたのも、おそらくフンボルトだ。自然とは個々の要素ではなくそのつながりで捉え、因果の連鎖のうちに成り立つ「生命の網」であると考え、その一部を人間が考え無しに破壊することが、自然環境全体をどれほど損なうかと力説した。大陸移動説やプレートテクトニクスも、さらには進化論さえも、その萌芽となるような発想はフンボルトがすでにもたらしていた。奴隷制やアメリカの先住民政策に強く反対し、「すべての人間は自由に生きるようにデザインされている」と述べたのもフンボルトだった。

だが、本書の面白さは、なんといってもフンボルトのフィールドワーク、より正確に言えば「探検」にある。ラテンアメリカアングロアメリカ、そしてロシア。インドに行くこと、ヒマラヤ山脈に登ることを切望していた。南米ではアンデスの高峰で雪に埋もれかけ、火山の噴火を見に行けず本気で悔しがり、ロシアでは事前の命令に背いてアルタイ山脈を越え、中国やモンゴルまで行ってしまうのだ(日本にフンボルトが来なかったことが惜しまれる)。

このクレイジーなまでの危険を顧みない研究熱心さ、誰かに似ていると思ったら、ヤマザキマリの漫画で読んだ「プリニウス」だった。火山好きなところも、博識でしゃべり出すと止まらないところも、言いたいことを言うわりに妙に憎めないところも、そういえばそっくりだ。違うのは、プリニウス博物学の黎明期における巨人であるのに対して、フンボルトは学問が専門化、細分化、タコツボ化されつつある時代における、おそらくは「最後の博物学者」である、ということだろう(強いて言えば、その後継者は荒俣宏か)。それが同時に最初のエコロジストであった、というのが面白い。

それにしてもこの著者、よくぞこんなに生き生きと、こんなに細部にわたってフンボルトという希代の人物を掘り出し、描き出したものだ。すばらしいノンフィクションだった。

 

 

森の生活 (講談社学術文庫)

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プリニウス (1) (バンチコミックス45プレミアム)

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