【2153冊目】井上ひさし『表裏源内蛙合戦』
表題作と「日本人のへそ」の2篇が入った一冊。初期の戯曲ということになるが、最初からこんな作品を書いていたとはびっくりだ。
「表裏源内蛙合戦」は、平賀源内というきわめて取り上げ方の難しい人物を主人公に据えた果敢さに加えて、源内を「表」と「裏」の2人役にしたというのが面白い。源内をめぐる江戸文化ネットワークは、後の「手鎖心中」を思わせる。そして、下ネタもダジャレも言葉遊びも存分に盛り込んだ笑いに次ぐ笑いの果てに登場するラスト・コーラス「美しい明日を」の素晴らしさ!
美しい明日を
お前は持っているか
美しい明日を
心のどこかに
尻尾を振りなさい
出世が望みなら
高みの見物もいい
野次馬は傷つかない……
「日本人のへそ」は井上ひさしの出発点に当たる作品だが、こちらはなんと「吃音矯正教室」が舞台である。吃音治療劇という形で劇中劇が演じられ、そこで出てくるのが東北出身のストリッパーという、井上ひさしの出自を濃縮したような人物なのだ。徹底した言葉遊びで煙に巻かれているうちに、劇の外側と内側が混ざり合い、とんでもないカオスな状況が出来上がる。
そしてこのとんでもない2篇の戯曲、書かれているのはどちらも「日本」なのである。それも、平賀源内やストリッパー、吃音症患者というアウトサイダーから見たものだ。だが思うに、そうした視点からしか浮かび上がってこない「国のすがた」というものも存在するのだろう。それこそが、政治や経済の文脈からは見えてこない、日本の本来というものなのではなかろうか。