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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2138冊目】北西憲二『はじめての森田療法』

 

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

 

 



講談社現代新書森田療法と言えば岩井寛『森田療法』が定番だが、本書はその弟子筋にあたる著者による、森田療法の最前線を扱う一冊だ。

森田療法は、森田正馬が考案した日本独自の治療法だ。フロイトとほぼ同時代に活躍したにもかかわらず、森田の人間観や治療観はフロイトのものとは大きく異なる。症状の原因を患者の過去に沈潜した無意識に求めたフロイトに対して、森田は原因を追い求めるのではなく、作業主体の入院生活を送ることによって治療を行った。その治癒率は普通神経質で55%が全治・37%が軽快、発作性神経症で69%が全治・29%が軽快、強迫観念症で59%が全治・35%が軽快というからものすごい。

だが、今や森田療法は精神医学界の中でもかなりマイナーな存在になっている。では、森田療法はすでに過去のものなのだろうか。否、と著者は言う。確かに当時とは患者像は大きく異なるが、むしろ心の病がこれほどまでに増えた現代こそ、新たな森田療法が求められているというのである。

本書は森田療法のエッセンスとともに、現代版の森田療法の実践例を紹介している。入院から在宅への転換、もともとの森田療法では行われなかった患者の過去歴の聴取などの内容は、森田療法の「信奉者」には怒られてしまうのかもしれない。だが、時代が変わるとともに、森田療法もまた変わらなければならないというのが著者の考え方のようだ。そして、新たなスタイルとなった森田療法の中にも、そのエッセンスは確かに息づいているのである。

その内容は多岐にわたるが、大きなポイントになりそうなのが「あるがまま」という考え方だ。「かくあるべし」という理想の自己をそぎ落とし、「実際の自分」を認める。人前で緊張してあがってしまうなら、「あがらないようにしよう」と考えるのではなく、「あがってしまう自分」をまず認める。苦しみも悩みも、それを否定しようとするのではなく「苦しんでいる自分」「悩んでいる自分」をまずは認めていくのである。

面白いのは、その際、治療者自身も「あるがまま」でなければならない、ということだ。治療に行き詰っていたら、行き詰ったという状況を認め、患者と共有する。それによって「行き詰ってもいい」という感覚を患者も持てるようになり、信頼感がかえって増すというのである。

この発想、きわめて仏教的であり、東洋思想(特に老荘思想)的である。そもそも「苦」を認めていくあたりが「一切皆苦」そのものだし、人間の自然なあり方をそのまま認めていくあたりも、老荘の発想にきわめて近い。森田療法とは、まさに東洋思想の治療的実践なのだ。ふだん悩みがちな人、「自分はこうあるべき」という意識が強い人は、ヘタなポジティブ思考なんぞに染まるより、こうしたアプローチから入ってみることを勧めたい。