自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2136冊目】マット・リドレー『赤の女王』

 

赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
 

 

「この国じゃあね、おなじ場所にとまってるのにも、ちからいっぱい走らなきゃだめなのよ」

 



タイトルは、上のセリフの主である「赤の女王」に由来する。『鏡の国のアリス』に登場するキャラクターだ。本書は進化の法則をこのセリフになぞらえ、特に「性淘汰」に着目して生物全般、そして人間の「性」に斬り込んだ一冊だ。

そもそもなぜ「性」は存在するのか。どうして無性生殖じゃダメなのか。あるいは、どうして多くの生物で「性」は2種類、雄と雌しかないのか。一見素朴なこうした疑問が、実は進化の本質に根差したものであることが、本書を読むとよくわかる。ちなみに有性生殖の最大のメリットは、疾病対策だという。病原菌やウイルスの変化に対抗するためには、遺伝子のパターンを常に変更させておかなければならない。つまり著者に言わせれば、結局のところ男は「女たちの保険証券」なのだという。「彼女らの子どもたちがインフルエンザや天然痘で死んでしまわないためには、男の存在が必要なのだ」

一夫多妻や不倫をめぐる記述もおもしろい。一夫多妻は「一夫多妻的な関係のチャンスがめぐってくればそれをとらえ、セックスという目的を達成する手段として富、権力、暴力を用いて他の男たちと競い合う」という男の本性に由来するという。だが、一方で男は、自分の妻が自分以外の男との間にできた子どもを産むことを忌避する(自分のDNAを残すという生物としての欲求である)。そのため多くの男性は「ウエストがほっそりした女性を好む」という。ウエストが太目の女性は、妊娠初期である可能性があるからだ。

一方の女性も負けていない。女性がオルガスムに達する(要するに「イク」)と精子が膣内に残りやすく、妊娠の可能性も高まるのだが、不倫をしている女性に対する調査の結果(こういう調査、どうやってやってるんだろうか?)、夫とのセックスでオルガスムに達した女性は40パーセントなのに対して、不倫相手の場合は70パーセント。しかも恋人とのセックスは、月のうちでも妊娠しやすい日に行われていたという。つまり女性は、無意識のうちに、夫よりも不倫相手の子を宿そうと「画策」しているというのである。

本書から読み取れるのは、なんだかんだいっても、人間は生物の一員であって、「進化の軍拡競争」からは逃れられない存在だ、ということだ。そのための性淘汰の仕組みが、現代の人間の婚姻やセックスにまで織り込まれているのである。夫婦関係や恋人関係を見る目が変わる一冊だ。