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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2133冊目】中村桂子『自己創出する生命』

 

自己創出する生命―普遍と個の物語 (ちくま学芸文庫)

自己創出する生命―普遍と個の物語 (ちくま学芸文庫)

 

 



分割ではなく、統合。分析ではなく、物語。遺伝子ではなく、ゲノム。部分ではなく、全体。普遍性ではなく、多様性。

前者を否定するワケではない。だが、前者を踏まえつつ、新たな世界観を展開することはできる。それが中村桂子の提唱する「生命科学から、生命誌へ」という大きな流れである。

それはまた、物理と生命の違いなのかもしれない。普遍性を追求すれば事足りた物理学に対して、生命の場合は、普遍が普遍では終わらない。必ず個々の生物という「個別」に戻ってくる。それゆえ、従来の「科学」に基づく考え方だけでは、どうしても限界がある。

そこを打ち破るのが生命誌であり、生命誌にとってもっとも重要なのがゲノムである。ところで、遺伝子、DNA、ゲノムの違いはお分かりだろうか。DNAとは「デオキシリボ核酸」のことで、4種類のヌクレオチド(A・T・G・C)が二重らせん構造となった鎖のようなものだ。ちなみに、その二重らせんがタンパク質の周りにぐるぐる巻きになっているのが染色体である。

遺伝子は、このDNAの一部にある「遺伝情報」のこと。そして、その生物がもっている全DNAを「ゲノム」という。したがって、すべての遺伝情報も「ゲノム」の中に含まれていることになる。

さて、ゲノムが生命誌にとって重要なのはなぜか。それは、ゲノムが「全体」であると同時に「個」であるからだ。特に有性生殖の場合、2つの遺伝情報が組み合わさって生じたゲノムは「生命の歴史の中でたった一回の組合せからできた独自のもの」なのだ。

こうなると、DNAの「複製」という考え方もあやしくなってくる。ドーキンスは「生物は遺伝子の乗り物」と言ったが、ゲノムのレベルで見れば、生命の誕生は決して「同じDNAのコピーの繰り返し」なのではなく「唯一無二の存在の発生」なのである。しかも同時に、そこにははるか昔からのDNAが継承されている。これを著者の言葉で言えば、生命とは「歴史的存在」であり、生命の誕生は「自己創出」なのだ、ということになる。

したがって、ゲノムに注目した生命誌は、連綿と続く「歴史物語」であって、なおかつ生命の多様性と個別性の物語なのだ。本書の冒頭に「スーパーコンセプトとしての生命について考えたい」と書かれているのは、まさしく著者による「科学から物語への革命」ののろしなのである。