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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2112冊目】池澤夏樹個人編集『日本文学全集30 日本語のために』

 

 
破格のアンソロジー。古代の祝詞から漢詩、仏典、聖書、琉歌、アイヌ歌謡と、のっけから異色のラインナップが続く。これまでの日本文学全集が日本語の「内側」にとどまっていたとすれば、本書は日本語の境界ギリギリを走破し、さらにはその外側から切り込んでくる一冊だ。

その勢いは後半になってもとまらない。「愛」「自由」などの項目ごとに「大言海」「広辞苑」「新明解国語辞典」などの主要辞書の説明が並び、『ハムレット』の翻訳がなんと6パターンにわたって展開され、大日本帝国憲法、終戦の詔書日本国憲法前文が並ぶ。終戦の詔書日本国憲法はそれぞれ「現代語訳」付き。なかでも終戦の詔書高橋源一郎訳は感動モノのすばらしさだ。

日本語は日本の中だけでできたものではない。本書が最初に突きつけてくるのはそのことだ。中国の漢字文化がその源流となり、仏典の言葉が新たな世界をひらき、その「翻訳言語」ぶりが、キリスト教や西洋思想を受け入れるにあたって大きな助けになった。

だがそこには、日本語の「外」と「内」にまたがり、バランスを取ろうとした先人たちの奮闘があったのだ。「五十音図」をめぐる松岡正剛の文章、旧仮名遣いをめぐる福田恒存の主張、現代の日本語をめぐる永川玲二や中井久夫の論考は、その戦いが今も続いていることを感じさせてくれる。既読ではあったが、大野晋の卓抜な「は」「が」論が収められているのも嬉しい。

できればここに井上ひさしの日本語論、桑田佳祐椎名林檎の歌詞あたりがあると個人的にはパーフェクトだったのだが、まあそれは好みの問題。日本語とは何なのか。日本文学とは何なのか。本書はそのことを、時間と空間それぞれにおけるもっとも外側から照らし出した異色の一冊だ。