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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2080冊目】遠田潤子『雪の鉄樹』

謎・恐怖・幻想

 

雪の鉄樹 (光文社文庫)

雪の鉄樹 (光文社文庫)

 

 
この人の小説を読むのは初めて。名前すら知らなかった。

読み始めて驚いたのは、そのずばぬけた筆力。読み手をしっかり捕まえたまま、この重いテーマを最後まで読ませる、ブルドーザーのようなパワーがある。とりわけ、過去の「事件」の真相をギリギリまで明かさず引っ張るので、主人公をこれほど「贖罪」に駆り立てる過去の罪とはいったい何だったのかが気になって、読むのを止められなくなってしまうのだ。

だから、amazonのレビューがおおむね高評価なのもわかる気がする。重いし、いろいろ考えさせられるのだが、そのわりに一気に読まされる。だが、正直に言うと、読後感としては不満が残る。肝心の、なぜ主人公の雅雪が13年にわたり「償い」を続けてきたかという点が、どうしても納得できないのだ。ここまでするほどのどんなコトが……とさんざん引っ張られた挙句の結末としては、正直、いささか拍子抜けだった。


ここからはネタバレになるが、そもそも自分が起こした事故でもないのに、ここまで罪を背負わなければならないのか、という肝心かなめの点で、イマイチ説得力を感じない。自分のことを理解してくれた大切な相手が起こした事故だから……というのはわからなくもないが、だからといって代わりに謝罪することが、果たして誰にとって何の意味があるのか。

それはまず、被害者の家族にとってひどい押しつけになる。直接の相手ではないから恨むわけにはいかないし、でも恨みの感情をぶつけたい気持ちはある。そこで、相手(特に遼平の祖母である文枝)は、恨むべき相手ではないにも関わらず恨まざるを得ないという、ある意味ひどく残酷な環境に置かれることになる。本書では文枝の雅雪への対応のひどさがこれでもかと描かれているが、私にはこれ、雅雪が加害者で、文枝は二重の意味での被害者になっているように感じた。罪悪感を感じつつ恨むという引き裂かれた状況を強制するなんてことが、果たして許されるのか。

そして、直接の加害者である舞子にとっても、雅雪のこの「押し付け贖罪」は残酷だ。なぜかといえば、こんなことをされてしまっては、舞子は被害者の家族に謝ることさえ許されなくなってしまうからだ。その代わりに舞子は、雅雪への消えない借りを背負うことになる。贖罪を封じられることほど、事件の加害者にとって残酷なことはない。

雅雪は確かに、愚直に贖罪を続けた。だがこの場合の愚直とは、単なる思考停止でしかない。本当に罪を償うには、当たり前のことだが、罪を償うべき人が、しかるべき相手に対して行うことが必要である。それが被害者のためであって、同時に加害者のためなのである。雅雪はこのことがわかっていない。だから押しつけの贖罪を行うことで、舞子による、舞子自身のためにあってしかるべき贖罪を封殺してしまっているのである。

ずいぶん長々と文句をつけてしまったが、本当にこの点だけが惜しくてしょうがないと思えるほど、本書の他の部分はよくできている。雅雪の父、祖父の異常さ、それを受けた雅雪自身の屈折の深さなど、これまで読んだどんな小説にも出てこなかった親子関係ではないか。才能というものの残酷さ、親から無視され、いないものとされることの過酷さも、実に巧みに描かれている。だからこそ、プロットの中核にあたる部分の「ゆるみ」が、どうにももったいないのである。「贖罪」をストーリーの核にもってくるなら、せめてマキューアンの『贖罪』くらいの説得力はほしかった。

 

贖罪

贖罪