自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2060冊目】井戸まさえ『無戸籍の日本人』

 

無戸籍の日本人

無戸籍の日本人

 

 
本書を読み終わって「民法772条」でググってみると、法務省のホームページが上の方にでてきた。開けてみると「無戸籍でお困りの方はお近くの法務局へ」と大きく書かれ、詳細きわまるQ&Aが続いている。なるほど、著者らが始めた無戸籍者の支援は、ここまでになったのか。

www.moj.go.jp

それほどに、以前は無戸籍の問題は知られていなかった。私自身、自治体に勤めていながら、日本人なら戸籍があるのは「当たり前」だと思い込んでいた。お恥ずかしい限りである。

知るチャンスはあった。1998年、無戸籍の子ども4人をめぐる「巣鴨子ども置き去り事件」が起き、2004年には是枝裕和監督によって映画化された。自らの子どもを現夫の子として認めさせるための認知裁判を起こした著者が、勝訴後にホームページを立ち上げたのも同じころ。そこで著者自身、さまざまな事情で「無戸籍」になるケースがあることを知ったという。大きく新聞に取り上げられたのが2006年から2008年。毎日新聞のキャンペーンだった。私もこのキャンペーン記事を読んで、初めて無戸籍問題の深刻さを知った。

そして2014年のNHK「クローズアップ現代」を経て、それまでの「決定版」ともいえる一冊が登場した。それが本書である。13年にわたり無戸籍者の支援を続けてきた著者ならではの経験がぎっしり詰まったこの本は、同時に政治や行政との闘いの記録でもある。いちいち例は挙げないが、本書に登場する「役所の人」が投げつける言葉の冷たさは、腹立たしくもあり、また同業者として恥ずかしい限り。無戸籍のことを知らないのであったとしても、どうして困り果てて窓口に来ている人に共感し、共に考えるという姿勢を持てないのか。

実際、無戸籍であることによる不利益は想像を絶する。住民票がつくれない。学校に通えない。保険証がないから、病院にかかっても自己負担。免許を取るのにも就職するにも、戸籍がないと門前払いである。戸籍がないということは、日本人としてのメンバーシップから丸ごと排除されているということなのである(ちなみに、面白いことに、生活保護受給や障害者手帳の取得は無戸籍でもできるらしい)。

しかもこの問題が過酷なのは、無戸籍となっている人自身には、100パーセント、責任はないということなのだ。場合によっては親が届け出をサボっているケースもあるが、それだって本人がサボっていたワケじゃない。しかも、本書で繰り返し取り上げられているような凄惨なDVの被害者が着の身着のままで逃げ出したような場合、母親にだって責任があるとは言えない。あえて責任の所在を探すなら、これは明らかに、このような当然想定しうる制度的欠陥を放置し続けた日本という国家そのものである、ということになるだろう。

だが、そのような「放置」は無戸籍問題だけではない。著者は本書のラスト近くで、こう書いている。

「日本の社会がずっと見て見ぬふりをしてきたもの――「性」「国籍」「出自」「貧困」「搾取」「犯罪」「女性」――。
 それらがいくつも重なり合ったところに無戸籍問題は存在するのだ」

 



ところで、哲学者ロールズに「無知のヴェール」という思考実験がある。「無戸籍は親の問題」「伝統的な家族を守るほうが大事」と主張される方は、一度目をつぶって、想像してみるべきだ……「自分が無戸籍者に生まれついていたら、同じことが言えるだろうか?」と。本書に登場する「保守派」の政治家のみなさん(ちなみに、全員が自民党である)は、当然それでも民法772条の改正には反対されるのでしょうけど、ね。

 

そういえば、日曜日は参院選。またもや「日本人の民度」が試される日がやってくる。イギリスは住民投票で世界に大恥をさらしたが、さて、日本はどうだろうか。