自治体職員の読書ノート

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【2055冊目】佐々木正人『アフォーダンス』

 

新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)

新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)

 

 



アフォーダンスって、知っていますか。

もとになっているのは、アフォード(afford)という動詞。辞書を引くと、「与える」「もたらす」という意味が載っている。アフォーダンスはその名詞化。ジェームズ・ギブソンの造語である。では、誰(何)が、誰に、何を与えるのか。

 

実はこれは、知覚と行動に関する見方を180度転換する発想なのだ。例えばこの記事を、あなたはパソコンやタブレット、あるいはスマホの画面を通じて見ているだろう。だが実は、あなたが見ているこの画面が、実はあなたの「見方」を規定しているのである。

 

どういうことか。例えば、目の前の道をふさぐように、一本の棒が(走り高跳びの棒みたいに)横渡しにされているとする。この棒を「高さ何センチメートルか」とは、ふつうあまり考えない。あなたがその道を通ろうとしているのであれば、「棒の下をくぐれそうだ」「棒をまたいで進めそうだ」など、「自分込み」で目の前の棒を認知するはずである。

 

つまり私たちは、単に外の環境をメカニカルに知覚しているのではない。環境は私たちに、何らかの情報を与える(アフォードする)。私たちはその「与えられた情報」をもとに、その環境を知覚するのだ。そしてたいていの場合、その知覚は、何らかの行動(さっきの例でいえば「くぐる」「またぐ」など)と結びついている。

 

アフォーダンスは環境の事実であり、かつ行動の事実である。しかし、アフォーダンスはそれと関わる動物の行為の性質に依存して、あらわれたり消えたりしているわけではない。さまざまなアフォーダンスは、発見されることを環境の中で「待って」いる」(p.73)

 


環境とは、ただ単に私たちの外側にあるものではないのである(正確に言えば、私たちはそのように環境を認識できない)。環境は私たちに何らかの情報をアフォードし、私たちはそれをもとに知覚し、行為する。それは一種の相互作用であって、環境とは「私たち込み」で存在するのである。まったく、スゴい発想の転換だと思いませんか。

単純な発想の転換かもしれないが、世界の見方を一変させる力を、この造語はもっている。少なくとも、デカルト以来の二元論的で操作的な(つまりは近代的な)世界観とはまったく違うものの見方が、ここからは導き出されることになる。世界は私にアフォードし、私の世界認識をかたちづくっている。そして私やあなたも、環境の一部として周囲の人にアフォードし、影響を与えているのである。