自治体職員の読書ノート

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【2054冊目】グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』

 

精神と自然―生きた世界の認識論

精神と自然―生きた世界の認識論

 

 
その1:美術学校での講義。

ベイトソンは2つの紙袋を持参した。1つの紙袋から出したのは、ゆでたてのカニ。そして生徒に問うた。「この物体が生物の死骸であるということを、私に納得のいくように説明してみなさい」 次に、もう1つの袋を開けると、今度は大きな巻貝の殻が入っている。次の質問は当然「この螺旋状の巻貝が生き物の部分であったということが、どんな徴(しるし)からわかるか?」

その2:誰もが学校で習うこと。

 (1)科学は何も証明しない。
 (2)地図は土地そのものではなく、ものの名前は名づけられたものではない。
 (3)客観的経験は存在しない。
 (4)イメージは無意識に形成される。
 (5)知覚された世界が部分と全体に分かれるのは便利であり、必然なのかも知れぬが、その分かれ方の決定に必然は働いていない。
 (6)発散する連続は予測できない。
 (7)収束する連続は予測できる。
 (8)「無から有は生じない」
 (9)数と量とは別物である。
 (10)量はパターンを決定しない。
 (11)生物界に単調な価値は存在しない。
 (12)小さいこともいいことだ。
 (13)論理に因果は語りきれない。
 (14)因果関係は逆向きには働かない。
 (15)言語は通常、相互反応の片側だけを強調する。
 (16)「安定している」「変化している」という語は、われわれが記述しているものの部分を記述している。

その3:引用。

「説明とはトートロジーの網を張っていく作業である」

 「寄せ集めた部分の和が全体より大きくなるのは、部分の組み合わせが単なる加法ではなく、乗除ないしは論理積の形成に似た性格をもつからである」

 「精神はその中に何者も含まない――豚も人もサンバガエルも。あるのは観念(差異の情報)だけである」

 「関係とは常に、二重記述の産物である」

 「われわれに知り得るのは観念のみ、他には何一つ知り得ない」

 

その4:キーワード
 論理階梯
 ジェネティックとソマティック
 ストカスティック
 リニアルとリカーシヴ(直線的と再帰的)
 フィードバックとキャリブレーション
 メッセージとメタメッセージ

その5:まとめ
 世界は分断されてはいない。では、かかる世界をわたしたちはどう認識するのか。