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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2052冊目】柳澤寿男『戦場のタクト』

 

戦場のタクト―戦地で生まれた、奇跡の管弦楽団

戦場のタクト―戦地で生まれた、奇跡の管弦楽団

 

 
日本人というくくりで人を見るのは好きではないが、それでもこの本を読み終わって「こんな日本人指揮者がいたのか」とびっくりした。

指揮者になるまでのいきさつが面白い。西洋音楽史の先生がウィーンに行くというので、突然の思い付きで自分もウィーンに。そこでたまたまウィーンフィルを指揮する小澤征爾をみて「指揮者になりたい!」と即決。帰国後、リハーサル中の佐渡裕をいきなり訪ねて「弟子にしてください!」と直訴。指揮の勉強など、まったくしたことがないにもかかわらず、である。

こういうエネルギーの持ち主だから、指揮者になった後もものすごい。というか、ここからがこの本のテーマなのだが、なんと、内戦の記憶もまだ生々しく残るバルカン半島に単身赴き、コソボフィルハーモニー交響楽団の常任指揮者に就任、さらには民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団をつくりあげてしまうのである。

音楽に国境はない、とよく言われる。だが、本当にそれを実現するには、どれほどの努力が必要か。著者はまさにその努力を成し遂げた人物なのである。空爆で崩壊状態の建物、民族同士の対立がまだ残る人々。でも、だからこそ、「いざ戦争となったら、私は銃を手に取って戦地に向かう」と言っていた人が、演奏を経て「やはり音楽に国境があってはならない」と語ることに、深く感動させられる。

まったく知らなかったコソボの「今」もリアルに描かれており、あの内戦と空漠がどれほどすさまじいものだったか、その後を生きることもまた、どれほど大変であるかがよくわかる。印象的だったのは、その中で、人々がちょっとしたジョークにもよく笑うというくだり。過酷な状況だからこそ、人は笑うことを必要とするのかもしれない。