自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2051冊目】最相葉月『セラピスト』

 

セラピスト

セラピスト

 

 

面白く、そして懐かしい一冊だった。懐かしいというのは、私自身が大学で心理学科に身を置き、その手の本もいろいろ読んでいたから。特に河合隼雄の本はずいぶん読んだ。私のモノの考え方は、かなりこの人の影響を受けていると思う。

とはいえ、その後は心理療法の世界からずいぶん遠ざかってしまった。今は福祉系の部署にいて、いろんな相談に乗ることも多いので、カウンセリングの方法論や考え方はずいぶん役に立っているが、本格的な心理療法とは縁遠いまま。本書に出てくる箱庭療法風景構成法も、知識としては知っていても実践したことはない。

なので、最初は心理療法にうさんくささを感じていた著者が、実際の体験を通じて箱庭療法風景構成法に目を開かされていく過程は、非常に興味深く読めた。私自身はこうした療法にあまり疑問を感じないまま勉強していたが、確かに社会一般の常識からすれば、「箱庭をつくる」「風景を描く」といった療法にどれほどの効果があるのか、疑わしく思えるのも当然かもしれない。

だが、実際に一人のクライエントが作った箱庭を時系列で眺め、その変貌を見れば、やはりそこには「何かがある」ことに気づかされる。特に風景構成法で、著者自身の描いた風景への中井久夫のコメントは凄かった。自分の解釈を押し付けるワケではなく、むしろ著者自身の気づきを促していくのだが、それでいて歴然と「今まで気づかなかった自分」が風景の中に投影されているのに気づかされるのだ。

ちなみに本書に登場する臨床心理家たち全員に共通して印象的だったのは、この「セラピストの解釈を押し付けない」「場合によってはクライエントの解釈も途中で止める」という「節度」であった。これはカウンセリングでもそうなのだが、あまりにも急激な自己開示や解釈の進展は、かえって症状の悪化や、最悪の場合はクライエントの自殺にまで至ることがあるのである。このことは心理療法独特の問題なのかもしれないが、福祉や医療の現場でも意識すべきことであるように感じた。

さらに、こうした「時間のかかる」療法を行うことが今や難しくなっていること、「悩めない」学生や引きこもりの増加など、心理療法をめぐる時代の変化にも驚かされた。これほど心を病む人が増え、今こそ心理療法が求められている時代はないように思えるのに、その心理療法をめぐる状況はかえって厳しくなっているようなのである。河合隼雄中井久夫の業績が今後、誰にどのようなカタチで受け継がれていくのか、「元心理学科」「元心理職」としては気になるところである。