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自治体職員の読書ノート

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【2040冊目】白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』

歴史・文化・民俗

 

いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫)

いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫)

 

 
小林秀雄なら、批評がある。大岡昇平なら、小説がある。だが、その小林が「僕たちは秀才だが、あいつだけは天才だ」と評した青山二郎を、何をもって語ればよいか。

作品がないわけではないが、青山二郎の真価はそれよりも、「青山学院」と称した文士や芸術家たちの集まりができるほどの、図抜けた審美眼と、本質を見抜く目、そしてその生きざまそのものにある。その「目」を伝えるには、青山二郎を知る者が、自らその言行を書き残すしかない。そこで筆を執ったのが、青山学院唯一の女性であり、「韋駄天お正」と呼ばれた青山の弟子、白洲正子だった。

本書には青山二郎の発した言葉とともに、小林秀雄河上徹太郎大岡昇平らとの交友が生き生きと描かれている。この錚々たる面々の中でも青山の存在感は圧倒的で、その強い影響下に、小林や河上の思索や評論、大岡の小説が生まれたこともよくわかる。女性をめぐる微妙な人間関係もおもしろく、特に「むうちゃん」こと坂本睦子の描写は忘れられない。

しかし、やはり本書の一番の醍醐味は、青山二郎という稀有の人物の発した、まさしく稀有な言葉にあるように思う。特に「青山二郎の日記」の抜粋は、圧巻。本書全体から、気になったもの、印象に残ったものを少しメモっておきたい。これだけでも、青山二郎のものすごさが伝わってくるのではないかと思う。

「絵から何かを感じとることと、絵が見えるということとは違う」

「批評家に借りた眼鏡を捨てて・・・・・・自分の裸の眼を使うこと。考えずに見ることに徹すること」

「言葉で覚えるなんてつまらんことだ。忘れてしまえ」

「俺は日本の文化を生きているのだ」

「親なんて仮りのものじゃないか!」

「人が見たら蛙になれ」

「意味も、精神も、すべて形に現れる」

「暇を持つ力のある人間は百万人に一人だらう」

「朝鮮物は下手なるが故に美しからず。弱きが故に美しきものなり」

「優れた画家が、美を描いた事はない。優れた詩人が、美を歌った事はない。それは描くものではなく、歌ひ得るものではない。美とは、それを観た者の発見である。創作である」

「九十年も研いで研ぎ上げると、その小刀に精神が出て来るんですよ。さういふものなんだよ、日本の精神といふのは」

「二兎を逐ふ者は一兎を得ずと中原言ふ。一兎を逐ふは容易なり二兎を逐ふべきのみと答ふ」

「ぜいたくな心を清算する(はぶく)要はない。ぜいたくに磨きを掛けなければいけないのだ」

「三十七才は三十七年生きてゐたと言ふ偶然に過ぎぬ。年を数えて覚えたものなし」

「美とは魂の純度の追求である。他の一切のものはこれに反する」

「解るとは、解つた人間の血が夜泣きをするやうな事を言ふので、その外に解つたといふ事に意義もないのである」