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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2031冊目】NHKスペシャル取材班『ヒューマン』

 

 いきなり余談で恐縮だが、今日のNHKスペシャルは面白かった。アマゾンのガリンペイロにここまで迫った番組は他にないのではないか。


本書は、2012年放映のNHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか』の取材記。たいへん中身の濃い一冊だ。普段なんとなく見ている番組の裏側にどれほどの取材量が隠されているか、読むほどに驚かされる。今日の「ガリンペイロ」も、たぶん見えていない部分がかなり大きいと思うので、そのうちぜひ書籍化してほしい。


人間を人間たらしめているのは、何なのか。本書全体を通じてフォーカスされているのは「心」である。なぜかといえば「心は歴史的な産物だから」。言い換えれば、心は人類の発展史の中で、さまざまな要因によって進化し、変容した結果、今のものになっているからだ。

そのことを本書は、大きく4つのトピックから見ていく。「協力する人」「投げる人」「耕す人」「交換する人」だ。

「協力する人」では、人間が出産や育児を一人ではうまく行えないこと、つまり「協力」が種の存続の前提となっているという指摘が興味深い(その意味では、母一人、子一人で長時間を過ごす現代の子育てはきわめて異例であるらしい)。

「投げる人」というのはちょっと意外な視点だが、集団の形成と維持に「投げる」という行為が深くかかわっていたことが、本書では明らかにされている。狩猟の際に便利なのはもちろん、集団を維持するための刑罰の執行にも「投げる」ことは有効だった。処罰を加えるときに、例えば刀剣などを用いるとなると、相手が力の強い人間だったりすると危険だが、槍や石を遠くから投げるなら安全である。多人数が一斉に槍を投げつけることで、処刑した人間への復讐を回避するというのも興味深い。

「耕す人」は文字通り農耕革命を扱っている。このあたりから人間を人間たらしめている文化や慣習がどんどん出てくるのだが、びっくりしたのは宗教が農耕に先行しているのではないかという指摘。定住生活がはじまり、社会をまとめる要素として信仰がクローズアップ。宗教施設ができて多くの人が集まり、集団を維持するために農耕が興ったというのである。さらに「お祭りで使われたコムギやコメが大切に栽培され、農耕へと移行したいう説も紹介されていて、これもまたびっくり。これが本当なら、これまでの一般的な考え方をひっくり返す学説である。

「交換する人」では貨幣が登場し、現代に続く「文明人」のルーツが示される。なんといっても貨幣の特徴は、半永久的に貯蔵できること。ここに「無限の欲望」が生まれる。さらに、貨幣を介することで共同体的な生活が解体し、「個人の孤立」が可能になった。貨幣を手にすることで、それまでの相互扶助、助け合いの社会が必要なくなってしまうのである。ここから生まれたのが、ギリシア悲劇。悲劇とは個人の孤立から生まれ、個人の孤立は貨幣から生まれたのだ。

人類の原点を探る旅は多岐にわたる。世界各国の学者に話を聞き、考古学の最新の成果を確認し、昔ながらの暮らしを続けている人々に会いに行き、さまざまな心理実験の成果を紹介する。このあたりの取材力の充実は、さすがNHKとしか言いようがない。本書のもとになった番組は、構想から12年かけて作られたという。こういうことができるということが、すなわち「文化」というものなのだと思う。