自治体職員の読書ノート

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【2025冊目】アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ『そのとき、本が生まれた』

 

そのとき、本が生まれた

そのとき、本が生まれた

 

 
書物そのものの起源を扱っているようなタイトルだが、中身はだいぶ違う。舞台は中世ヴェネツィアグーテンベルク活版印刷を背景に、本の多様化と、出版産業の黎明期を描いた一冊だ。

ここで娯楽としての本が生まれ、文庫本が生まれ、雑誌が生まれ、ポルノまでが登場した。キーパーソンは「出版界のミケランジェロ」ことアルド・マヌーツィオ。原動力となったのは、当時のヴェネツィアがもっていた自由な空気と、商業都市としての資金や技術の集積だ。現代のヴェネツィアはイタリアの小都市にすぎないが、当時は地中海の覇権を競った一大国家であった。

世界で最初に印刷されたコーランが、ヴェネツィアで刊行されていたというのも驚きだ。それはつまり、アラビア語の活字がヴェネツィアに存在していたことを意味する。アルメニア語やギリシャ語の本も出版された。ヘブライ語の「タルムード」もあった。さらにはなんと「楽譜」さえ出版されていたのである。五線譜と音符を重ね刷りする楽譜印刷には、きわめて高度な技術が必要だった。

そんなヴェネツィアの活況を、本書は鮮やかに描き出す。多様さを認める風土こそが、活力ある文化を生み、後世への遺産をのこす。そんな当たり前のことが、本書を読むことで再確認できる。さらに、そこには書き手を育てるだけの、読み手の成熟があったことも見落とせない。

もっとも、書物の発展はヨーロッパだけで起きたのではないことを考えると、あまりにも無自覚なヨーロッパ中心の記述はいささか気になるし、細部に深入りしすぎた語り口は決して読みやすくはない。だが、出版の黎明期の空気を感じることができるという点では、なかなかの収穫であった。あとはまぎらわしいタイトルをなんとかしてください。