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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2023冊目】伊集院静『ノボさん』

 

ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石

ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石

 

 
ノボさんとは、正岡升(のぼる)のニックネーム。もっともこれは幼名で、長じての名は常規。俳号の「子規」はホトトギスのことで、喀血した自分を「鳴いて血を吐く」とされるホトトギスに重ねたのであった。

以前読んで印象に残っている子規の文章といえば、病床での日々を綴った『病牀六尺』である。満34歳での死はいかにも早すぎ、そのこともあって、病弱で孤独な俳人、というのが、私の中での子規のイメージだった。この本を読むまでは。

本書では、子規が文字通り走り回り、跳ね回っている。子規はベースボールに熱中した。人望も厚く、漱石や鴎外と親交があり(漱石と子規の友情が本書の大きなテーマ)、自宅は「子規庵」として、河東碧梧桐高浜虚子、伊藤佐千夫に長塚節、さらには漱石に鴎外と、後に日本の小説や俳句を牽引する錚々たるメンバーの集まるサロンとなった。孤独なんて、とんでもない。人に好かれ、また人との付き合いを愉しみ、サロン・ネットワークの中心として多くの後進を育てたのだ。子規がいたのは、常に、人と人のつながりの中だった。

そんな子規だからこそ、病に侵された晩年の日々は、読むほどに痛ましい。あふれんばかりの才能をもち、大食漢で野球好きなのに、どんどん体が弱り、さまざまな症状を併発し、そのたびに命を削るような手術をしなければならないのだ。そんな中で唯一の光明は、漱石とのやり取りである。特に最期の頃になると、これが最後と思い定めてロンドン留学中の漱石に手紙を出すのだが、その返事に子規はふしぎと救われる。漱石と子規に交流があったのは知っていたが、こんなに意を通じ合った親友であったとは。

子規に限らず、懸命に日々を送る人々の姿の向こうに、明治の快晴の空がパーッと広がっている。読みながら頭の中に広がったのは、そんなイメージだった。子規の生涯を読むうちに、清冽な風が心の中を吹き抜ける。ああ、いい小説だった。