自治体職員の読書ノート

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【2019冊目】岡田温司『黙示録』

 

黙示録――イメージの源泉 (岩波新書)
 

 
本書のメッセージは、黙示録がその後の絵画や物語、映画などのイメージの源泉になっている、ということである。イメージは西洋文化の根底に刷り込まれているため、知って見る人と、知らないで見る人では、まるっきり見え方が違ってくることになる。

そもそも黙示とは、神が預言者に与えた「秘密の暴露」のことである(黙示apokalupsisとは、ギリシャ語で「覆いを外す」という意味)。これを記録したものが「黙示文学」と呼ばれる。黙示文学は旧約聖書の時代から存在したが、新約聖書の最後に登場する「ヨハネの黙示録」を指すことが多い。

ヨハネの黙示録で語られているのは、ヨハネがパトモス島で体験した「幻視」である。そこでヨハネは、世界の終末において起こることを「見た」と語る。それもタダの幻視ではない。それは世界の破壊、この世の終わりと始まり、サタン(アンチキリスト)の登場、そしてキリストの再臨である。

その途中途中に、さまざまなイメージが乱舞するのだが、やはり印象に残ったのは「アンチキリスト」という絶対悪の存在だ(もっとも、黙示録自体には「アンチキリスト」という呼称は存在しない)。キリストの復活と救済、大団円の一歩手前に「アンチキリスト」といういわばラスボスが登場するのだから、これは西洋だけでなく日本のアニメやゲームの基本構造にも、黙示録は無自覚のうちに組み込まれていることになる(のかもしれない)。

ちなみに黙示録というと、コッポラ監督の『地獄の黙示録』が思い浮かぶ方もおられようが、本書はこの作品の分析も行っている。おもしろいのは、ジャングルの奥で王として君臨するカーツ(クルツ)と、そのもとを訪ねていくウィラードの関係を、キリストとアンチキリストになぞらえているくだり。それも西洋文明を代表するウィラードがアンチキリストで、ヴェトナム(コンラッドの原作ではアフリカのジャングル)で奮闘するカーツのほうがキリストではないかというのである。この解釈にはいささか唸らされた。

それにしても、敵との融和を説いたはずのキリスト教聖典で、キリスト自身が戦士となって戦っているのだから、これは考えてみればとんでもない「経典」である。だが、その後のヨーロッパ史がほぼ一貫して外に「アンチキリスト」を求め続け、領土を拡大し続けてきたことを思うと、世界に災厄をもたらすアンチキリストとは確かに西洋文明そのものであるのかもしれない。コッポラはさすがの慧眼でそのことを見抜き、映画の中に埋め込んだ、としたら言い過ぎだろうか。

 

 

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