自治体職員の読書ノート

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【2016冊目】金聖響、玉木正之『マーラーの交響曲』

 

マーラーの交響曲 (講談社現代新書)

マーラーの交響曲 (講談社現代新書)

 

 
気鋭の指揮者、金聖響と、スポーツ・音楽ライターの玉木正之が「マーラー」を語り尽くした一冊。いわゆる「専門家」のものとは違う、指揮者目線の実践的な視点がおもしろい。

いわゆるクラシックの作曲家の中でも、マーラーはかなり「とっつきづらい」部類に入るように思う。曲がやたらに長くて、きれいなメロディが出てきてもすぐブツ切れにされてしまうし、雰囲気も明るくなったと思えばすぐ暗くなり、なんだかつかみづらいのだ。だがその一方で、ハマると病みつきになるのが不思議なところ。まあ、食べ物なんかでも、一見手が出づらく複雑な味の料理ほど、その味を覚えると離れがたくなることがあるが、同じようなものだろうか。

漱石マーラーがほぼ同時期に活躍していたというのが興味深い。ちなみにマーラーが生まれたのは1860年(日本では桜田門外の変が起きた年)で、死を迎えたのは1911年(日本では大逆事件幸徳秋水らが死刑を執行された)。漱石のほうは1867年生まれ、1916年死去だから、わずか7年ほどの違いである。

それだけでなく、考えてみれば漱石マーラーはどこか似ている。どちらもいささか病的なところをもちつつ、精力的に作品を発表し、当代の音楽界や文学界を画期した。マーラーユダヤ人でありながら処世上の理由でキリスト教に転向したし、漱石はロンドンで神経を病み、日本と西洋との間で悩み続けた。

作品もどこかパラレルだ。マーラーの若々しい交響曲第1番に相当するのが『坊っちゃん』なら、牧歌的な第3番にあたるのが『草枕』、死に直面した第9番が『こころ』で、未完の第10番に相当するのが、やはり未完の大作『明暗』ということになるだろうか。

まあ、マーラー漱石説はこのへんにしておくが、実際に「音を出す」(正確には「音を引き出す」)という指揮者の立場ゆえの着眼が非常におもしろい一冊であった。特に第4番や第7番の評価は、自分のこれまでの印象ががらりと変わった。第6番を「最も純粋で圧倒的」と評するくだりも、読んでからあらためて聴き直し、深く納得。音楽は予備知識など必要ないという意見もあろうが、「知っている」ことで聴き方のフレームが作られる、ということもあるように思うのである。