【2014冊目】ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』
「読書ノート」のお休み中に読んだので、ここには書きそびれていたが、ルメートルの『その女アレックス』を読んだときは、こんな書き手がまだいたのか、とびっくりした。ミステリであり、サスペンスであって、しかもそれが痛切で濃密な人間ドラマになっている。ラストの衝撃度と納得感(私にとってのミステリの最大の評価要素はこの2点)においても、申し分のない傑作だった。
本書『天国でまた会おう』は、先の読めないスリリングな展開はそのままに、人間ドラマはより一層重厚にして、ミステリの要素を取り去った一冊だ。第一次世界大戦で生き埋めになりかけたアルベールと、それを間一髪助け出したが、自分自身は砲弾のかけらで下あごを吹き飛ばされたエドゥアール。この二人が仕掛ける大規模な詐欺を軸に、アルベールを陥れようとした上官プラデルの悪辣な「事業」、エドゥアールが死んだと信じる名士ペリクールの思いなどを縦横に組み合わせて、読み手をぐいぐい引っ張っていく。
読み終わってみれば、いろいろ気になるところはある。中でも、主人公二人の詐欺事件とプラデルの悪行がかわるがわる進行するが、最後までほとんど両者が交わらず終わってしまうのは不満だった(思えばこのへんは、伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』と似ている)。クライマックスがあまりクライマックスになっていないのは、やはりいかがなものかと思う。とはいっても、読んでいるうちは圧倒的なストーリーテリングに、とにかく夢中でページを繰るばかり。読んでいる途中の時間は、至福の一言であった。ということは、やはりこれは素晴らしい小説なのだ。
アルベールらの記念碑詐欺も面白いが、「悪役」のプラデルが仕掛けた「インチキ埋葬契約」も目が離せない。特に印象に残ったのは、プラデルの悪行を暴くのに大きな役割を果たした役人のメルランの存在だ。職場で疎まれ頻繁に異動させられている冴えない下級役人で、汚い服に大きなドタ靴、身体からは悪臭を発しているという、およそ公務員らしくない人物なのだが、仕事に対しては一切の妥協がない。特にプラデルが買収のために渡した10万フラン札を、そのまま贈賄の証拠として報告書に貼り付けるくだりは痛快だ。
本書は戦争の後の日々を扱った小説だが、まぎれもなく一種の「戦争小説」である。戦争で顔の下半分を吹き飛ばされたエドゥアールはもちろん、アルベールにしても、プラデルにしても、戦争の傷跡を引きずったまま戦後の日々を生き、戦争に呪縛され続けている。読み終わったときに心に刻み込まれるのは、戦争によって人生が変えられてしまうことの無残さ。その意味で、本書は後味悪く終わる「べき」小説であったのだろう。