自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【2011冊目】オルハン・パムク『無垢の博物館』

 

無垢の博物館 上

無垢の博物館 上

 

 

 

無垢の博物館 下

無垢の博物館 下

 

 
何か特定のモノを見ると、いろんな思い出や記憶が蘇る、ということがある。世の中にあるどんな「モノ」にも、誰かにとっての記憶が付着している、とも言えるかもしれない。だが、そんな「記憶を呼び起こすモノ」を集めて博物館を作ってしまうとなると、これはさすがに常軌を逸している。

本書の主人公ケマルにとって、それは愛するフュスンとの思い出の品であった。それも、自然に集まったのではなく、8年にわたり意図的にフュスンのもとから持ち去ったのだから、これは完全な確信犯である。マッチ箱、塩入れ、犬の置物などはまだしも、「4213本の吸い殻」となると、さすがにこれはドン引きだ。しかもこのケマル、スィベルという別の女性と婚約していながら若く美しいフュスンと二股をかけ、アパルトマンでフュスンと交わりながらオフィスの自室ではスィベルを招き入れてヤッていたという、まあ傍目からみればどうしようもない男なのだ。

その結果、フュスンには見捨てられ、スィベルとは別れるというさんざんな終り方をするケマルだが、とんでもないのはその後だ。フュスンと会いたくてたまらないケマルはなんと、すでに別の男と結婚していたフュスンとその両親のもとを、8年にわたり何度も訪問。図々しくも家にあがりこんで夕食を共にし、目を盗んでは「戦利品」をポケットに入れて持ち帰っていたのである。

はっきりいって、第三者の目からみると変態かストーカー一歩手前である。実際、本書はほとんどがケマルの視点から綴られているのだが、そこで述べられている熱烈なフュスンへの思いの丈ときたら、読んでいる方は「おいおい」と突っ込みたくなる要素満載なのである。これは到底「純粋な愛を貫いた男の話」とは読むことはできない。むしろそのグロテスクな形にゆがんだ「愛」のありようが、異様なまでに迫ってくるのだ。

まあ、思えばそもそも愛とか恋というもの自体が、傍目から見れば「そういうもの」なのかもしれない。美しい愛とか純粋な恋というとなんだかキレイに思えるが、その本当の姿は、自己中心的でみっともなく、決して見栄えのするものではないのである。だが、そうした愛こそが、最後には結実するのだろう(一歩間違えれば本当にストーカーで終わるのかもしれないが)。

なので、フュスンとケマルが結ばれるのはなんとなく予想がついていたが、その後の展開はびっくり仰天、完全に不意を突かれた。完全にパムクにしてやられたというか、いや、これも注意深く読めば、予想がついたことなのだろうか。

背景となっている、政情不安定なイスタンブルの臨場感たっぷりの描写は見事。翻訳も非常に的確で読みやすい。個人的には、以前読んだ『わたしの名は紅』よりもスッと心に入ってきたように思う。