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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1999冊目】長尾龍一『リヴァイアサン』

 

リヴァイアサン (講談社学術文庫)

リヴァイアサン (講談社学術文庫)

 

 リヴァイアサンといっても、ホッブスではない。もちろんホッブズの古典が下敷きになってはいるのだが。本書は、ホッブス、ケルゼン、シュミットという3人の政治思想家を比較しつつ、主権国家のありようを読み解く一冊である。

かつて広大な地域を支配していたのは「帝国」だった。国家とは、強大で絶対的な力を有していた。ローマ帝国然り、中華帝国然り。だが、帝国が解体して小粒の「主権国家」が乱立すると、国家は世界秩序への責任を果たさなくなり、血で血を洗う戦争の時代が始まった……。

本書冒頭の説明を私なりに咀嚼すると、だいたいこういうことになる。そもそも主権国家の「主権」は神の全能の類比概念とされているが、圧倒的に強大な「帝国」ならまだしも、分裂した結果としての「主権」国家にこのような概念をかぶせること自体が、間違いの始まりであったのかもしれない。そのような矮小な国家が「主権」によって最上位の存在となってしまったために、混乱と無秩序が生まれたのだ。

本書はここから、ホッブス、ケルゼン、シュミットの比較分析に入っていく……のだが、私には、どうもこの「メイン」の部分がピンとこなかった。まあ、ホッブスとシュミットはともかく、ケルゼンという思想家自体をほとんど知らないので、比較以前の問題ではあるのだが(でも、ケルゼンの生涯をまとめたくだりはなかなか面白かった)。

自分の無理解を思いっきり棚に上げて言えば、この人の文章は、どうも自分の考えや言葉を表現する部分がすごく生き生きしていてダイナミックなのだが、他の思想家の思想内容を解説する段になると、どうも引用中心でエッジがあまり立たなくなってしまうような印象を受けた。ホッブスとシュミット、シュミットとケルゼン、ホッブスとケルゼンという「二者同士」の比較も、かえって何が違うのかよく分からなくなってしまった(二者同士の総当たり戦みたいなやり方も、あまりうまくないような気がする)。こちらの準備不足、基礎知識不足もあって、いささか消化不良気味の読書となってしまった。