自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1987冊目】松本清張『砂の器』

 

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

 

 

 

砂の器〈下〉 (新潮文庫)

砂の器〈下〉 (新潮文庫)

 

 

ウン年ぶりの再読だが、最初の時と全然読後感が違っていて、自分でもびっくりした。

まず、いわゆる「謎解き」の部分は、前には感じなかったアラが目立った。子どもの頃は「魔法の国」に見えた某テーマパークの装飾が、今見るとチープなつくりものに見えるようなものか。主人公の刑事・今西が、とにかく偶然に頼り過ぎなのだ。犯人の恋人が証拠隠滅しているところが「たまたま」エッセイに書かれて、それを「たまたま」今西が読んだり、その今西の妹の家に下宿している女性が「たまたま」関係者だったり。殺人の「凶器」も、今読むといささかリアリティがなさすぎる。

だが、そんなことが気になりつつも、結局は一気に読まされてしまうのが凄い。リーダビリティの高さがさすがである。それも、単に話のハコビがうまいというだけではなく、一言でいえば物語の「骨が太い」。脇役に至るまですべての登場人物に存在感があり、筋書もごつごつと節くれだっているがその分読みごたえがある。戦後の騒然とした時代の様相も感じられて秀逸だ。

読み直して何より衝撃的だったのは、その「真相」に関わる部分。そこにはある病気が絡んでくるのだが、前に読んだ時は、その動機がいま一つピンとこなかったのだ。それは単に私自身が無知だったということもあろうが、今と比べても、当時はあの病気に対する偏見の強さは相当なものだったのだろう。現代でも、その偏見は決して消えていないが、聞くところでは、特に高齢者の差別感情がひどいという。

そして清張自身、決してその偏見から自由になっているとは思えない。社会的な問題という意識はあったのだろうが、それを「やむを得ない前提」として書いているように感じるのだ。それほどまでに、その偏見は社会に深く食い込んだ根深いものだったのだろう。その意味で、この小説が果した役割というのは、考えてみれば複雑なものがある。