自治体職員の読書ノート

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【1981冊目】田中徹二『不可能を可能に 点字の世界を駆けぬける』

 

不可能を可能に――点字の世界を駆けぬける (岩波新書)

不可能を可能に――点字の世界を駆けぬける (岩波新書)

 

 

自らも視覚障害者であり、日本点字図書館の二代目館長である著者の自伝的エッセイ(ちなみに一代目は点字のパイオニアである本間一夫)。

点字や音声など、視覚障害者の福祉向上に生涯を捧げてきた方だけに、著者の人生そのものが、視覚障害をめぐるさまざまな技術開発やバリアフリー進展の歴史になっている。視覚障害者、周囲の支援者、多くのボランティア、企業、官庁と、いかに多くの人々が「不可能を可能に」してきたことか。本書はその輝かしい歴史を一望する一冊なのである。

例えば、1970年代に開発された点字カセットシステムは、それまですべて手打ちだった点字書の大量複製を可能にした。1988年には日本IBMが「てんやく広場」を開始、全国で作成された点訳データをパソコン通信でホストコンピュータに集め、日本中の点字図書館や視覚障害者が利用できるようにした。これが「ないーぶネット」として承継され、さらにはインターネットを利用した視覚障害者情報総合システム「サピエ」に発展したのである。

デイジーという仕組みも面白い。DAISY(Digital Accessible Information System)は、いわば録音図書の進化形。テキストデータを階層化することで、読みたい箇所を探してジャンプしたり、いらない項目を飛ばしたりすることができるというものだ。しかもこれをインターネットで配信する仕組みさえ誕生しているという。まったくもって、デジタルさまさま、インターネットさまさまである。

点字の世界の広がりを感じられるのも、本書の面白さだ。点字投票については、自治体職員なら知っている人も多いだろうが、これも実は「世界にも稀な制度」とのこと。しかも始まったのは1928年というからまだ戦前である。女性への参政権付与より前に点字投票が認められたというのは、まあ何と言ってよいのかよくわからないが、とにかく先駆的な取り組みであった。デジタル教科書、点字楽譜もユニークだ。デジタル教科書はまだまだ発展途上らしい。図版の扱いなどが課題らしいが、将来的にはすべての教科書がデイジー化されるべきであると著者は言う。

一方、衝撃的だったのが、バリアフリーに関する話。一番びっくりしたのが、これは1975年時点での調査だが、駅のホームから線路に転落した経験のある視覚障害者が、総数で39パーセント、全盲の人だけに限ればなんと82パーセントにのぼるというデータ。しかもこれ、歩行経験が長い人ほど落ちている率が高いという。つまり、経験で何とかなる問題ではないのである。解決法はホームドアの設置しかない、と著者は断言する。

ところで、本書はコンピューターの音声読み上げソフトで、6つのキーだけを使って書かれたという(6つのキーは、点字のタテ3点、ヨコ2点に対応)。それによってこういう本が生み出されること自体が、思えば点字の世界を広げてきた著者たちの成果なのだろう。日本のみならずドイツやアジア諸国の状況も紹介されており、いろいろなことを考えさせられる一冊だ。