自治体職員の読書ノート

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【1973冊目】井上雄彦『円空を旅する』

 

円空を旅する (BT BOOKS)

円空を旅する (BT BOOKS)

 

 

『SLAM DUNK』『バガボンド』の漫画家・井上雄彦が、江戸時代の仏僧・彫刻家、円空の作品をもとめて日本各地を歩き、語り、描いた一冊。多数の写真に加え、井上による円空仏像のスケッチもたくさん収められている。

円空の仏像は、お寺の中、美術館、地域の公民館のようなところまで、いろんなところにいろんな形で保存されている。印象的だったのは、井上が思わず涙したという、北海道の上ノ国観音堂。ここは地域の集会所のようなところで、靴を脱いで上がったところに、円空の十一面観音立像が置かれている。ガラスケースの中に入っているわけでもなく、多くの寺のように、限られた時期しか拝観できない秘仏のようになっているわけでもない。地域の人々が集まる場所に、そのまますとんと立っているのだ。

ありがたく奉られるのではなく、みんなの中にある。そのあり方を、井上は「現役感」と表現する。それはまた、井上の職業である漫画家のあり方にも通じるものであった。井上はこう語っている。

円空さんは漫画家のご先祖様にも思えます。漫画は高尚なものではなく、大衆のもの。円空さんはその土地の人たちに向けて仏像を彫り、その円空仏は、今も生活の中で役割を果たしている。自分の描いている漫画がこう存在することができたらと思うあり方を、円空仏は実現していました」

漫画家の目から見る円空仏のありようは、その制作過程にも向けられる。円空の作品といえば、ここまでやれるのかと驚くほどの省略の極限、シンプルだが温かみのある表情が特徴的だが、井上はそこに「速さ」を見る。円空仏との最初の対面で、井上はすでにそこに気付いている。

「漫画と近いですよね。無駄なところを省いて図像化しているし、線にスピード感がある。たぶん、そうとう素早く制作したんじゃないかな」

さらに、円空は「素早くつくることで技巧へのこだわりをなくした」のではないかと、後の方で井上は語っている。技巧を消すことで、かえって本質的な表現に至る。そのことは、井上が描く『バガボンド』における、宮本武蔵の武芸にも通じるところがありそうだ。

円空の境地に漫画家ならではの視点で迫りつつ、そこに自らの漫画の表現と、さらには武蔵の武芸の境地を重ねる。チャーミングな円空仏の写真や井上のスケッチはとっつきやすいが、その奥はとてつもなく深い。井上の漫画『バガボンド』にも通じる透徹の一冊である。