自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1961冊目】小林登志子『文明の誕生』

 

文明の誕生 - メソポタミア、ローマ、そして日本へ (中公新書)

文明の誕生 - メソポタミア、ローマ、そして日本へ (中公新書)

 

 

著者は、メソポタミアに栄えた世界最古の文明シュメルの専門家。シュメル、ギリシャ・ローマ、現代の西洋や日本を、さまざまな比較軸で並べて見せるという、いわば時空を超えた「似た者同士」比較の一冊。「城壁」「職業」「暦」「交通インフラ」「金属」「文字」「法と裁判」等々、テーマは多種多彩だが、どれも身近なものばかりが選ばれている。

職業では、5000年以上前のものとみられる「職業名表」がおもしろい。220の職名が載っており、当時のメソポタミアで、すでに分業が成立していたことがわかる。「蛇使い」「祓魔師」(エクソシスト)なんてのもあって、生活と呪術が隣り合わせだったことを思わせるが、エクソシストは現代でもいるらしく(2014年にバチカンで「国際エクソシスト協会」が承認されているとのこと)、この21世紀でも生活と呪術は縁が切れないらしい。

古代バビロニアで、すでに「身分証明書」があったというのも面白い。しかもそれはひもを通して首にかける粘土製品であり、つまりは今のサラリーマンが首から下げているIDカードみたいなものだったのだ。

「文字」に関しては、絵文字が複合トークンから発達したとの説が興味深い。トークンとはさまざまな物を示す「しるし」あるいは「代用貨幣」の意味である。最初は、穀物や家畜の管理に使われた円錐、円盤、棒などの「単純トークン」が使われたが、これがやがて、複雑多様な年生産物を記録する、多様な形状の「複合トークン」に変わってきた。

これを粘土板に押しつけると、トークンという「モノ」が「記号」に変化する。これが文字のルーツであるというのである。このへんの指摘は、文字のルーツを神と人との交渉による「神聖文字」と考える、例えばエジプトのヒエログリフ研究や、白川静の漢字研究などとは対照的。文字って、いったい何なのだろうか。

読んでいて驚いたのは、「安心立命の仕組み」で挙げられていた「定礎」の話。建物を建てる際に、基礎の一角に定礎石を据えることを定礎というが、その中には住所や施工主名などを書いた銘板、建築図面、建設年発行の新聞や通貨などを入れる(定礎埋蔵物というらしい)。まあ、ある種のタイムカプセルのようなものかもしれない。

驚いたのはそのルーツ。定礎の起源は西洋のキリスト教にあるらしいが、さらにそのおおもとをさかのぼると、古代メソポタミアのウバイド文化に行き着くというからびっくりである。収められていたのは金、銀、宝石などの財宝が主だったらしいが、興味深いのはそこに、独自の釘人形が含まれていたことだ。これはラガシュ市の神殿でみられたというが、この神殿は基礎が地下水面に達していたので、流されないようつなぎとめる役割が、この釘人形には与えられていたと著者は言う。

本書にはさまざまな類似の例が挙げられているが、定礎のように、具体的に伝播が確認できるものはむしろ少ないように思う。むしろ、月並ではあるが、どの時代・どの場所であっても、人間のやることや考えることは案外変わらないものだ、と考えるべきなのだろう。