自治体職員の読書ノート

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【1958冊目】須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』

 

コルシア書店の仲間たち (文春文庫)

コルシア書店の仲間たち (文春文庫)

 

 

本当は、こういう本のことを読書ノートには書きたくない。この記録は自分の備忘のために取っているのだが、こういう本は、仮にその内容を忘れてしまっても、読んだことによって自分の精神のかたちに何らかの痕跡がのこれば、それでいいじゃないかと思えるのだ。

この本は古き良き時代の追憶に満ちている。コルシア・デイ・セルヴィ書店という風変わりな書店をめぐる、人々との豊かな思い出が、セピア色になって保存されている。

それはたとえば、貴婦人のようにふるまい、来店すると入口のそばのカウンターに座っているパトロンのツィア・テレーサであり、大柄な体格で滝のように笑う、司祭で詩人のダヴィデであり、銀行家のアンジェリーニであり、東アフリカのエリトレア出身で配達を担当していたミケーレであり、年老いた父の再婚話に悩むガッディであり……エトセトラ、エトセトラ。そして、それを読むほどに、ひとりひとりの人物のエピソードもさることながら、そうした人々を集めてきたコルシア・デイ・セルヴィ書店という「場」の思い出が立ち上がってくる。

教会の刷新運動の担い手であり、そのために教会当局からにらまれているこの書店は、左派的な傾向をもった一種の共同体であった。だが、当初はそれでも、会社の大株主というブルジョワのツィア・テレーサのような人物がパトロンになるような懐の深さをもっていたのだ。ところが、ヨーロッパじゅうを席巻した革新運動の余波で「政治が友情に先行する、悪夢の日々」がはじまると、書店は政治活動を理由にミラノからの移転を迫られる。ひとつの「良き時代」が終わろうとしていた。

著者はそんな日々を「「ごっこ」のなかのとるにたりない出来事」のようだったと振り返る。気の置けない友人たちとの、政治ごっこであり、経営ごっこ。だが、そんな日々こそがかけがえのない思い出となってこの本に結晶し、私たち自身の「コルシア書店」を想起させてくれるのだ。それはひょっとすると、子供にとっての秘密基地のようなものなのかもしれない。