自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1952冊目】『日本文学100年の名作第8巻 薄情くじら』

 

 

1984年から1993年までの10年間に登場した14篇がおさめられている。その取り合わせが面白く、深沢七郎がいて、開高健がいて、中島らもがいて、宮部みゆきがいるのである。なるほど、年代で輪切りにすると、こういうメンツが並ぶのか。

相変わらずセレクションが絶妙である。冒頭の深沢七郎「極楽まくらおとし図」が、いきなりスゴイ。淡々と、意味ありげに語られる「極楽まくらおとし」の正体が明かされた瞬間、誰もが言葉を失う。とおりいっぺんの言葉では表現できない感情に包まれたまま終る、なんとも忘れがたい一篇だ。

実は初めて読んだのが田辺聖子。いや~、うまい。冒頭の「オバケ、というのは、市場に売ってへんもんかねえ」というセリフで、一挙にもっていかれる。ちなみにオバケとは、鯨の一部を加工した食べ物の名前。鯨をめぐる家族の齟齬が、ちょっとした会話の積み重ねの中に、実にうまく描かれている。絶妙。

だが、本書中随一の傑作は、尾辻克彦「出口」であろう。まさしく前代未聞、誰にもマネできない(マネしたら即バレる)一篇だ。まあ、騙されたと思って読んでごらんなさい。巻末の「読みどころ」での、編集委員のやりとりが面白い。

「この『100年の名作』の編集会議で、私(註:松田哲夫)が「こんな小説を書いた人、日本にはいませんよね」と言った時、池内さんが「世界にもいませんよ」とつぶやいたのが印象に残っている」

別の意味で感心したのが、これも初読の著者、阿川弘之の「鮨」である。もらった鮨をもてあました「彼」の、さりげない心理の機微が、実にリアルに、繊細に描かれている。こういう小説こそ、後世に残ってほしいものである。