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自治体職員の読書ノート

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【1949冊目】杉浦康平『生命の樹・花宇宙』

 

生命の樹・花宇宙 (万物照応劇場)

生命の樹・花宇宙 (万物照応劇場)

 

 

こないだ読んだロジャー・クック『生命の樹』が、古今東西に及ぶ「樹」のイメージの展開を広くたどった一冊であるのに対して、本書はアジアに焦点をあてて深く切り込んだ本。図像が多いのは同じだが、その展開の仕方、図像と言葉の照応はコチラの方が一枚上手か。

アジアにおける「生命の樹」は、直立しているとはかぎらない。蛇のように《うねる樹》は、樹液の上昇という、大地からエネルギーを吸い上げるダイナミズムを象徴する。《渦巻く樹》は、いわゆる唐草模様のような形状で、無限の豊穣を意味している《絡み合う樹》というのもあり、こちらは2本の樹が絡まり合いながら上昇する。交尾する蛇に似ており、豊穣と再生を暗示する。西洋では一般的な《直立する樹》は、やはりのこと、天界と地界を結ぶ宇宙軸である。

この4類型がそれぞれに無限のイメージの広がりを見せていく。例えば、勾玉に似たペーズリー文様というのがあるが、これも著者によれば生命の樹のバリエーションと考えられる。また、渦巻く樹ではインドの「カルパヴリクシャ」という文様が鮮烈だ。これは「樹木の吐息」であって、樹木から放出される酸素の渦であり、生命を生み出す根源のエネルギーである。

生命の樹を守護する「聖獣」への着目もおもしろい。特に「鳥」と「蛇」が重要で、インドの「生命の樹」では、地中から樹の中にあらわれるコブラや、樹のてっぺんにとまる鵞鳥がデザインされている。その源流にあるのは、ヒンドゥ神話の神、ガルダ(鷲)とナーガ(龍王)の存在だ。

天を駆けるガルダが太陽や天界を象徴するとすれば、地を這うナーガは地下世界や水の変幻を象徴する。このデザインは仏教にも取り込まれ、たとえばチベット仏教仏画にも、ガルダやナーガが登場する。

この二者が生命の樹の頂点と地面近くにいるということは、樹木が大地から天空までをつないでいることを意味している。これが中国に行くと、ガルダは鳳凰、ナーガは龍に変容するが、地を這っていたはずの蛇は、ここでは龍となって天にのぼり、雨を降らせるのである。

おもしろいのは、この図式が日本の神輿や山車にもみられるということだ。例えば神輿でいえば、てっぺんには鳳が翼を広げ、神輿の中央には御神木による一本の柱が立っている。では龍は……というと、神輿全体を襷掛けに縛りあげている太い紐(縒紐)がそれにあたる。つまり神輿は、それ自体が世界模型であり、大地から天空へと抜ける生命の樹そのものなのだ。

もっとも、アジアにおける世界模型といえば、樹木よりむしろ「山」(須弥山)が一般的である。むしろ生命の樹は、人間にとっての「生命の本質」を見立てたものと考えられる。さらに言えば、樹木とは人間の似姿であり、同時に世界の似姿でもあるのだから、いわば樹木を媒介にして人間と世界が重なり合っているのである。

「古代から、人の姿はすでにして「花咲く樹」であった。胴がカラダ(幹)、手足はエダ(枝)、顔の中にメ(芽・目)がでてハナ(花・鼻)が咲き、ミ(実・ミミ)をむすぶ――
 自らの手足をしっかりとひろげ、足で大地を踏みしめ、頭を天にとどかせて立ちあがれば、人の身体は力あふれる「生命の樹」「豊穣の樹」「宇宙の樹」そのものとなる」

ちなみに本書は、江戸時代の着物に描かれた樹木のデザインからはじまっている。その着物を着ることは、すなわち生命そのもの、世界そのものをまとうことであったのかもしれない。