自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1948冊目】藤田孝典『下流老人』

 

下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 (朝日新書)

下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 (朝日新書)

 

 

衝撃的な本である。うすうす「そうなんじゃないか」と思っていたことを、リアルな現実として突きつけてくる。

著者は「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を下流老人と定義する。具体的には「低収入」「低貯蓄」「社会的孤立」の三指標が揃うと、下流老人の仲間入り、とのことだ。

ポイントは「社会的孤立」をここに含めていることだ。思えば、これまでだって、多くの高齢者はそんなに裕福ではなかった。それでもなんとか生活できていたのは、子どもや親戚などの血縁ネットワーク、近所づきあいなどの地縁ネットワークが機能しており、子どものもとで生活したり、困った時に近所の人に助けてもらったりしていたからだ。

ところが今や「無縁社会」である。子どもは親を支えるどころか、高齢の親のスネをかじっている。独立していたとしても、親の生活まで面倒をみられる家庭はそう多くない。その背景にあるのは、言うまでもなく非正規労働者の増加である。それならせめて夫婦で支え合って……と思いきや、熟年離婚も増えている。独り暮らしの高齢者(65歳以上)は、昭和55年には約90万人だったのが、平成22年には約480万人にまで増えている。

十分な収入があったり、貯蓄があったからといって「下流化」しないという保証はない。本書には、大企業の社員だったが親の介護で会社を辞めたケース、医療費と生活費で3,000万円の貯蓄がわずか7年で吹き飛んだケースなどが紹介されている。

自治体職員として気になるのは、情報不足による貧困化のケースだ。例えば上に挙げた後者のケースでは、高額療養費助成制度を知らなかったという。本書にも紹介されている無料定額診療施設も知られていないし、生活保護制度は、存在は誰もが知っていても、無用なスティグマがあってかえって利用を敬遠している人が多いのが現状だ。

それを「申請主義」「知らないのが悪い」と言ってきた国や自治体側の態度が、かえって問題を深刻化させる一因となっている。以前読んだセルフネグレクトの本にも書いてあったが、特に福祉関係者は、もっと「おせっかい」でいいのだろう。国保の窓口も、保険料を滞納したからといって10割負担にするのではなく、そこから福祉相談につなげていくというスタンスが必要だ、と著者は指摘する。

そもそも、このような高齢者の貧困化は構造的な問題だ。著者はそれを、底に穴の空いたボートに例えている。現場のNPO福祉関係者がいくら手で水を掻きだしてもキリがない。今必要なのは、ボートの底をきちんと修理することなのである。

とはいえ、今の日本の現状をみていると、私などが高齢者の仲間入りをする頃に状況が好転しているとはとても思えない。したがって、本書に書かれている「自衛策」を各自が真剣に講じることが必要になる。貯蓄の考え方や社会保障制度をよく知ること、などは当然として、中で私が気になったのは「受援力」という言葉である。これは「支援される側が支援する側の力をうまく生かし、生活の再建に役立てる能力」のことだ。

実際、私自身、自治体で福祉関係の窓口やケースワークに携わっていたことがあるが、この「受援力」のある人とない人の差はたいへんに大きいというのが実感である。決して差別しているわけではないのだが、支援を受ける側の要素というのも、間違いなくあるのである。著者も「支援を「しやすい方」と「しにくい方」がいる」とはっきり書いている。高齢者の生活相談を10年以上受け続けてこられた著者の、いつわらざる本音であろう。

高齢者の問題とは、実は高齢者だけの問題ではない、ということも重要だ。よく「高齢者より子どもに税金を多めに配分せよ」などという議論があり、私もひところはそちらに同調してきたのだが、実は両者はつながっていることに途中で気付いたのだ。例えば、雇用の非正規化が続けば、低所得のまま高齢化する人は増えるため、将来の「下流老人」数は間違いなく増大する。少子化も、結果的には子どもという「血縁ネットワーク」を失うことになるのだから、自身が高齢者になったときのリスクを高めることになる。結局、就労対策や少子化対策をケチることが、将来的には巨額の生活保護費をはじめとした福祉関係費となって国民にのしかかってくるのである。

もっとも、育児と貧困の問題はもっと複雑で、例えば教育費などでお金がかかればその分の貯蓄額は減るわけだから、高齢時の貧困という意味では、子どもをもつことのリスクも無視できない。というか、だからこそ、そこには何らかの「政策」が必要なのである。例えば本書でも挙げられている、賃貸住宅への公的家賃補助が導入されれば、若い世代にとってどれほど助かることか。

つまるところ、改めて書くが、すべてはつながりあっているのである。高齢者の貧困が問題だからといって、高齢者向けの予算だけを増やせばよいということではない。著者が提言するように、すべての貧困を対象とした「貧困対策基本法」を制定し、横断的で抜本的な制度改革を行うべきなのだ。本書は結局、下流「老人」のみにスポットを当てているようで、実は日本社会全体のとめどない「下流化」を論じているのである。