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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1941冊目】斎部広成『古語拾遺』

 

古語拾遺 (岩波文庫 黄 35-1)

古語拾遺 (岩波文庫 黄 35-1)

 

 

昔々、まだ文字がなかった頃は、誰もが口伝えで昔の人の言行を伝え、忘れなかったものだ。

そんな書き出しで始まる「古語拾遺」は、一言でいえば、失われてしまった昔の儀式や習慣の由来を説き起こした一冊である。「序」によれば、著者の斎部(忌部)広成が、平城天皇から「召問」を得てまとめたという。だがそこには「蓄憤を」述べたいと欲す、と書かれている。蓄憤とはいったい、どういうことか。

そこにあるのは、国の祭祀に関わる重要な職責が、中臣氏に独占されていることへの不満である。そこで著者は、忌部・中臣両氏の起源を遡っていくのだが、これがなんと神々の時代にまで行き着くのである。天地が分かたれた初めの時、天の中に生まれたのが天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高皇産霊神(タカミムスヒノカミ)、神産霊神(カミムスヒノカミ)であったわけだが、神産霊神の子である天児屋命アメノコヤネノミコト)が中臣氏の先祖、高皇産霊神の子である天太玉命(アメノフトタマノミコト)が忌部宿禰の先祖である、とされているのだ。

実は、この時点ですでに記紀の記述からズレているのだが、その後も本書は忌部氏の職掌や活躍ぶりを逐一取り上げ、いかに忌部氏が中臣氏と並んで重要な役割を担ってきたか、それが今となってはなんという格差に甘んじていることか、といったことを、さまざまな故事を交えて切々と訴えている。特に終盤あたりの「遺りたる事」の列挙はなんとも執拗だ。

だから本書は、ぶっちゃけて言えば、天皇から下問があったのを幸い、歴史を遡っての壮大な恨みつらみを述べた本なのだが、その遡り方がハンパではなく、しかも当時の「公的な歴史」には認定されていない(つまり「日本書紀」には書かれていない)ような事項がずらずらと挙げられているあたりが、資料としてはきわめて貴重なのである。

まあ、古代日本史に限らず、敗者の歴史というのは往々にして勝者の作った歴史書に埋もれて消えていくことが多いのだが、その意味では、本書は時代の古さも考えると、きわめて重要な例外なのである。とはいえ、そのあたりは古代日本史に詳しい人でないとなかなか価値を感じ取れないところだと思うので(私も含めて)、むしろ現代でいえば会社の派閥争いのようなことが、あの時代から行われていたようなもの、左遷された派閥のウラミツラミだと思って読めばよいのではないか。