自治体職員の読書ノート

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【1930冊目】小島てるみ『ディオニュソスの蛹』

 

ディオニュソスの蛹

ディオニュソスの蛹

 

 

小島てるみの新しい小説が気付いたら出ていてびっくり。『ヘルマフロディテの体温』『最後のプルチネッラ』に魅了されたが、その後まったく新刊が出ないので、2冊だけで姿を消した幻の作家になってしまうのだろう、と思っていた。それが突然の3冊目登場である。むさぼるように読んだ。

独特のスタイリッシュで両性具有的な小説世界は健在。物語の組み立ては、むしろグレードアップし、重層的になっている。アルカンジェロとレオンの兄弟のドラマが主軸をなし、そこに二人の母ミモザと双子の弟アンジェロの禁断の愛が、さらにはミモザとその夫アントニオ、アントニオとその弟スーラの物語が重なり合う。鍵となるのは、アルカンジェロの身体に刻まれた、新月の夜に血を流す三日月型の傷だ。

下敷きになっているのは、ギリシア神話で有名なミノタウロスアリアドネの物語である。半牛半人のミノタウロスが象徴するのは、抑えきれない野生と激情。神話では英雄テセウスが怪物を退治するが、この物語では秩序と正義を象徴するテセウスは敗れ、衝動の塊のようなミノタウロスが咆哮する。

そこに重なり合うのは、理性を保持するアポロン的な天上神と、激情のままに狂うディオニュソス的な「月の牡牛」、そして「月の女神」の対比である。しかもこの「月の牡牛」は、「月の女神」によって生み出され、6年後に殺されるのだ。

おもしろいのは、そこにアートセラピーという現代的な手法が組み込まれている点だ。衝動と激情を「芸術」として表現する。そこに本書のもうひとつのテーマである「芸術」と「癒し」があらわれるのだ。芸術は、人を殺すこともあれば、人を救うこともあるのである。

「つながりたい衝動」が「芸術」を生み、「芸術」が「治癒」をもたらした」

本書は芸術の始原にまで遡り、その原点を探ろうとする。ラスコーやアルタミラの洞窟に描かれた野牛のすがたが、レオンの描く巨大な牡牛に重なってくる。その獰猛なまでの生=性のエネルギーの奔流が、圧倒的な迫力で読み手につかみかかってくる、めったにない小説だ。