自治体職員の読書ノート

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【1910冊目】アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは……』

 

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 

供述によると、本書の舞台は独裁政権下にあった1938年のポルトガルである。お隣のスペインは内戦のまっさなか、少し目を移せば、ドイツではヒトラーオーストリアを併合した。前年には、ゲルニカ村がフランコ側についたドイツ軍の爆撃をうけている。

国家統制と革命思想が真っ向からぶつかりあうこの時代にあって、しかし本書の主人公ペレイラは、「政治には興味がない」と言い放った、と供述している。マイナーな新聞リシュボアの文芸面を担当するペレイラは、肥っていて汗っかきの男やもめで、妻の写真に語りかけることと、行きつけの店で砂糖入りレモネードと香草入りオムレツを楽しむことが日課である。そんなペレイラが、雑誌の記事がきっかけでモンテイロ・ロッシなる男に声をかけたところから、物語は転がり出す。

ペレイラがロッシに依頼したのは、供述によれば、有名な作家が急逝したときに備えてあらかじめ追悼文を用意すること。しかしロッシが書く文章は政治的主張丸出しで、到底使い物にならない。にもかかわらず、ペレイラはロッシを切ることができず、むしろずるずるとロッシの政治的活動に巻き込まれ、最後にはそのために、ペレイラ自身のっぴきならない状況に陥る。しかし面白いことに、そのような状況に陥ってはじめて、ペレイラは憤激し、自らの意志を表明し、そして立ち上がるのだ。

ところで供述によると、本書はこの「供述によると……」「……と供述した」のような言葉が随所に入り込み、それが独特の緊張感と距離感を生み出している。そのくせ、それがどういう状況下での「供述」なのかは、最後まであきらかにされないのである(あれ、これって一種のネタバレ?)。だが、国家の統制が強まる第二次大戦前夜のポルトガルの「空気感」を演出するのに、この「供述」が発揮する効果は絶大だ。

もうひとつ、本書の訳者は須賀敦子。私はタブッキの本を読むのははじめてで、ほとんど訳者の名前で本書を手に取ったようなものなのだが、さすがに見事な翻訳であった。特に、地の文と会話を交ぜ合わせて独特のリズムを生み出す書き方は、どこまでがオリジナルでどこからが翻訳の力なのかわからないが、実にすばらしい。どこかユーモラスだが、シビアな現実のなかでの「人間の生き方」を真正面から問いかけた小説であった、と供述している。