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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1907冊目】アンドレアス・ワグナー『進化の謎を数学で解く』

 

進化の謎を数学で解く

進化の謎を数学で解く

 

 

最初に安心材料を。本書のタイトルは「数学で解く」となっているが、数式が出てくるわけではないし、難解な数学的思考や概念が駆使されているわけでもない。その意味でタイトルや、表紙カバーに書かれている数式はミスリーディング。嘘を書いているわけじゃないが、一方で「数式は出てきません」というフレーズが売り文句になるこのご時世、一般向け書籍のマーケティング的にはこれでよろしいのか。

むしろ原題の「ARRIVAL OF THE FITTEST」(最適者の到来)のほうが、本書の中身をただしく伝えている。最適者とは、自然環境の変化に対応し、その環境下で生き残ることができる者のこと。ダーウィンが提示した「自然淘汰」という考え方は、環境の変化に適応した種が生き残り、そうでない種は滅びる、というものであった。だがそれには、そもそも環境が変化する前から「来たるべき環境の変化に適応した種」があらかじめ存在しなければならない。いったいそのような種、つまりは「最適者」は、どのようにして出現するのか。

著者によれば、その答えは、生物のもつ「遺伝子ネットワーク」のなかにある。基本を確認しておこう。生物のDNAは、A・T・G・C(アデニン・チミン・グアニン・シトシン)という4種類の塩基から成っている。これらは3つずつが組になり、あるアミノ酸を指定している。アミノ酸はタンパク質の構成要素である。つまりDNAの塩基配列によってコードされたアミノ酸から、タンパク質ができるのである。

ポイントは、A・T・G・Cを3つ並べる組み合わせは64通りあるのに対して、生命が必要とするアミノ酸は20種類しかないということだ。つまり、1つのアミノ酸を指定する組み合わせは複数あることになる。もし生命のシステムが「効率性」のみを追求するのであれば、20種類のアミノ酸をつくるのに、64通りの組み合わせはいらない。もっとシンプルな仕組みでいけるんじゃないの、ということになる。

しかし、著者はそんな考えをバッサリ否定する。むしろ生命のしくみには、ある程度の複雑性が必要なのだ。なぜか? それは、遺伝子の一部に何らかの突然変異があっても、他の部分でカバーできるからだ。先ほどのアミノ酸の例でいえば、Aというアミノ酸をつくるはずの塩基3つのうち1つが突然変異で変わってしまっても、別の組み合わせで同じアミノ酸が作れるなら、そっちでフォローができるということになる。こうした「保険」のようなしくみが、本書のキーワードのひとつ「頑強さ」(ロバストネス)である。

複雑さによる頑強さがあれば、1つの突然変異で生命が破綻することは少なくなる。遺伝子だけではない。代謝システムもまた、複雑さによる頑強さを備えている。栄養源の炭素源が一種類しかない貧栄養環境においては、大腸菌の代謝反応のほぼ四分の三は「なくてもよい」ものだという。

だが、環境が変わると、この「無駄な部分」が威力を発揮する。グルコースを炭素源としていた大腸菌にとって、エタノールを炭素源とする代謝機能は「無駄」に見える。だが、環境が変わってエタノールが主たる炭素源になると、その部分が今度は生存に不可欠な機能を発揮するのである。

面白いのは、こうした生命の仕組みが、技術革新におけるイノベーションと似ている、という指摘である。言い換えれば、技術のイノベーションを起こすには、生命の仕組みが参考になるということである。たとえば、「技術的な問題には複数の解決策がある」ということ。新たな発明は「古いものの組み合わせ」によって生まれるという指摘も重要だ。試行錯誤や集団による技術革新も、新たなイノベーションにつながることが多い。

タイトルの「数学」にビビって読まないのはもったいない。少なくとも、進化の仕組みに興味があれば、なかなか刺激的で面白い一冊だと思う。