【1903冊目】井上靖『少年・あかね雲』
そういえば、子供のころ、子供の世界というものがたしかにあった。そんなことを、この本を読みながら思い出していた。
見慣れない大人を「敵」と勝手に決めて、スパイごっこをする。都会から来たきれいな女の人を見れば、なんだかんだとふざけたりはやしたてたりするくせに、いざ面と向かうと口もきけない。悪ガキばかりで連れだって遊びまわれば、そこが自分たちの王国だった。そこには子供だけの物語、子供だけのルール、子供だけの役割があった。ぼくたちはそんな「子供の領分」に身を置いて、時折そこから「大人の世界」を覗き見ては、びっくりしたり、どぎまぎしたりしていたのだ。
本書は、読み手をそんな郷愁に一挙に包み込む短編集である。子供の視点からみた世界、特に「子供から見た大人の世界」が、実にうまく描かれていて、なんとも懐かしい。今の子供たちも、ゲームばかりやっているように見えて少々心配ではあるが、やはり彼らなりの「子供の領分」をもっているのだろう。そう願いたくなるほど、本書に描かれた、自然に囲まれた子供たちの生活ぶり、遊びぶりはうらやましい。