自治体職員の読書ノート

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【1899冊目】エトガル・ケレット『突然ノックの音が』

 

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)

 

 

このタイトルを見た瞬間、星新一ショートショート集『ノックの音が』を思い出したのは、私だけだろうか。

というのも、本書に収められている作品も、短いもので2ページ、長くて20ページ程度と、短いものは短編というよりほとんどショートショートの長さなのだ。ウィットとブラックユーモアが効いた作品が多いこと、ちょっと不思議でSFめいた設定の作品がけっこう見られることなども、よく似ている。

もっとも、星新一の場合は全部の作品が「ノックの音がした」という一文からはじまるのに対して、本書の『突然ノックの音が」は、あくまで表題作のタイトル。ただし、これを本書全体のタイトルにも採用したのには、それなりの意味がある。本書におさめられた短編はどれも、まさに外から突然やってくる「ノックの音」のようなできごとから、世の中の亀裂が広がっていくような物語なのだ。

もっとも、平和な戦後の日本で書かれた星新一の作品と違うのは、そこに戦争やテロの匂い、あるいはホロコーストの記憶が、どの作品の底にも流れているということだ。それは、時には表立って扱われ、時には気配としてそこに漂っている。その不穏さは、星新一というよりは、むしろカフカの短編を思わせる。

それにしても、本当に奇妙な設定の作品ばかりで、よくこんな話を考えつくものだと感心する。恋人の口の中にジッパーをみつけ、開けてみるとあごひげを生やしたユダヤ教徒が出てくる話、アリという名の男とだけセックスする女性の話、「金魚が3つの願いを叶えるとしたらなにを願うか」というテーマでテレビ番組をつくろうとする男の話、突然グアバの実になってしまった男の話……。一方では、夫婦喧嘩ばかりしている両親のもとの息子と父の心の交流を描いた作品や、テロで死んだ妻の生死を遺体の足の裏で確認する夫の話、夫が死んだ日に店を開けようとする未亡人の話など、どこかしんみりしたり、考えさせられる話もあって、その幅の広さも、本書の魅力のひとつとなっている。

一瞬の早業で世界を切り取り、そこに見えてくる風景の不条理を淡々と描く。本書はその「達人の技」を賞味する一冊だ。著者は映画監督でもあるらしいが、どんな映画を撮るのか、ぜひ一度見てみたいものである。

 

ノックの音が (新潮文庫)

ノックの音が (新潮文庫)