自治体職員の読書ノート

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【1866冊目】桜井順『オノマトピア』

 

オノマトピア――擬音語大国にっぽん考 (岩波現代文庫)

オノマトピア――擬音語大国にっぽん考 (岩波現代文庫)

 

 

犬はワンワン。山椒はピリピリ。香水はプンプン。禿頭はピカピカだが、一年生はピッカピッカ。かように日本はオノマトペユートピア、オノマトピアなのである。

ちなみに、オノマトペオノマトペイア、Onomatopoeia)は「擬声語」の意であり、大きく「擬音語」と「擬態語」に分けられる。最初の例でいえば、ワンワンは擬音語だが、それ以外は擬態語だ。

擬音語はまだ、耳で聞こえた音を言葉に置き換えるのだから、分からなくもない。面白いのは擬態語だ。なぜ山椒の味が「ピリピリ」で、禿頭は「ピカピカ」なのか、説明せよ、と言われると案外むずかしい。著者は、外界からの刺激のinputが眼、耳、舌、鼻、手などいろいろあるのに対して、反応のoutputが舌などの発音器官だけと貧弱であるため、その落差を埋めようとするため、想像力による類推(アナロジー)が働くと説明するが、それは必ずしも、「山椒がピリピリ」「香水がプンプン」と言われて「ああ、わかるわかる」と思うことの説明にはなっていない。

だが、これがなぜか「わかる」「通じる」ことこそが、オノマトペの妙味なのである。だから、例えば、日本人は身体の異常を訴える時にオノマトペに頼る。頭痛ならズキズキ、キリキリ、ガンガン、眼ならチカチカ、ヒリヒリ、ゴロゴロ、咽喉はヒリヒリ、イガイガ、ムズムズで全部違うが、日本人の医者にかかればこれで通じてしまう。ところが英語では、ズキズキならthrobbing painかsmarting pain、キリキリならtingling painなのである。著者の言い方にならえば、英語式はあくまで「叙述」なのに対して、日本語は「そのひびきがそのまま痛みそのものになってしまう」のだ。

これを敷衍すると、オノマトペはコトバを身体感覚と統合する「共通感覚の統合作用によって生み出されるカラダコトバ」(まえがきp.vi)ということになる。そこには日本人特有の、カラダとココロ、自分と対象の未分性があるのではないか、という著者の指摘が当たっているのかどうかはわからないが、言葉の身体感覚という捉え方はなかなか面白いように思う。フッペとカミンスキーの、発音器官はコトバのための器官である以前に「生きるための器官」である、という論を引いて、著者はこう書いている。

「……この事実があるからこそ、発音されたコトバは自らの中にニクタイの原記憶を持っている。逆に言えばカラダがコトバの中に「棲み込む」ことになり、これが共通感覚つまりはオノマトペ成立の基本条件なのだ。
 なんのヤクソクもない無意味な音のヒビキのなかに、人間がお互い共通の「暗黙のイミ」を読みとれるワケはこの事実の上にある」

もっとも、これがどこまで「日本人特有」なのか、あるいは異なる文化圏・言語圏の相手にオノマトペはどの程度通じるものなのか、という点については、やや保留が必要であるように思われる。本書ではそのあたりの議論はそれほど厳密ではなく、良くも悪くも「浅く広く」のオノマトペ論になっている。

その分、収集したオノマトペの質量はすさまじい。特に圧巻は第3章の「日本文学にあらわれたオノマトペの変遷」で、ここでは日本最古のオノマトペといわれる古事記の「コヲロコヲロ」にはじまり、枕草子の「ソヨロ」「フタフタ」「ホロホロ」に紫式部日記の「トドロトドロ」、鎌倉時代は平家物語に代表されるダイナミックで現実描写力の高いオノマトペ「ムズと組んでドウと落つ」「ヒョウズバと射て」「カッパと起上り」、室町時代には狂言によるオノマトペの豊饒化、江戸時代は元禄期の近松浄瑠璃オノマトペに化政期の式亭三馬らの滑稽本オノマトペと、古代から近世までの日本史をオノマトペ一本で描き出すという離れ業を演じている。

第1部、第2部でも、石川啄木「たんたらたら」や宮沢賢治「オロオロ」から寺島尚彦「ざわわ ざわわ ざわわ」に林真理子「ルンルン」に江國香織きらきらひかる」と、近代・現代オノマトペ総覧帖を展開している。中でもびっくりしたのは原爆の「ピカドン」をオノマトペの一例として挙げていること。う~ん。これにはまいりました。

一点、不満を言うなら、現代日本のオノマトペを語るにあたっては外すことはできない「漫画・劇画」をほとんど取り上げていないこと(例外は水木しげるの「ゲゲゲ」と、谷岡ヤスジの「アサー」だけ)。谷岡ヤスジの項目を見ると「群百凡百のアクション劇画連がオリジナリチー競って日夜量産するカゲキオノマトペは所詮デジタル・オノマトペに過ぎず……」とバッサリ切り捨てているが、これではいかにも浅すぎる。たぶんこの人はふだん、ロクに漫画も劇画も読んでいないのだろう。まあ、それを言えば他の部分でも、いろいろ気になるところはたくさんあるのだが(あまりにも昭和30年代~40年代のギョーカイ臭プンプンなので……あ、これもオノマトペですな)、キリがないのでこれについてはノーコメント。そういうのが苦手な方は、少々読みづらいかもしれません。