自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1864冊目】土門拳『死ぬことと生きること』

 

死ぬことと生きること (大人の本棚)

死ぬことと生きること (大人の本棚)

 

 

1974年に築地書館から刊行され、2012年にみすず書房大人の本棚」に採録された。星野博美の解説がついた。土門拳の写真がいくつも挟み込まれているのも、よかった。

65歳の時に編まれた初エッセイである。エッセイストのような「こなれた」うまさはないが、朴訥とした中にも力強さがあり、そこに惹きつけられる。土門の写真に、どこか通じる文章だと思う。

表題作の「死ぬことと生きること」には、生と死が案外「近い」ものであることが書かれている。

「死は、日常不断にぼくたちの一メートルのそばを走り去っている。死と生とは、すれすれに隣合っている。生か死か、二つに一つの厳粛な結果だけが、事実としてぼくたちの生活の瞬間瞬間を決定しているのだ」

そして、このことが人間の全存在を決定しているという「事実」に着目するところから、土門の写真ははじまる。

「もしメタフィジカルな思考そのものを志向するなら、ぼくたちはカメラを捨てて、ペンをとるなり、絵筆をとる方がいい。ぼく自身は、ペンにも絵筆にも託しきれないものを志向して、カメラをとり、そして写真のリアリズムに達したと告白しよう」

ここで事実に対置されるのは「真実」だ。事実の裏、事実の奥にあるとされているものである。多くの写真家、多くのアーティストが、この「真実」を捉えようとする。だが、事実の背後ばかりをみようとする姿勢を、土門は批判する。

「表面にも背後にも真実などはありはしない。厳としてあるものは事実だけだ。そして事実は、嘘も掛け値もないものだ」「わたしたちにとって何よりも大事なことは、真実というような幽霊は写真に撮れないけれども、事実は写真に撮れる。いや、写真に撮ることができるのは、事実だけだということを自覚しなければならぬ。写真家が事実を軽蔑することは、まったく自己放棄に等しいといわなければならない」

むろん、リアリズムだからといって、何でも撮れば良いというものではない。むしろ大事なのは、撮れていないもののほうなのだ。

「写真が一個の芸術作品として人の胸を打つためには、結果的には画面から切捨てられてしまう空間、色、時間などといった要素を、できるだけ画面のなかにふくむ(暗示する)ものほどいいと思う」「それ(暗示)なくては写真というものは、単なる白と黒のパターン(絵模様)になってしまうのである」

だから土門は、雨のメーデーを撮りに行って、ぬかるみに捨てられていた壊れたコウモリガサ一本だけを撮ったのだ。それが土門にとっての「1955年のメーデー」のリアルだった。

おもしろかったのは、土門の「写真トレーニング」法だ。例えば、距離をつかむ訓練。持っているカメラのアンゴーは、レンズから相手までの距離が7フィートあれば、その全身をおさめることができる。そこで7フィートの距離を目でつかむトレーニングをする。部屋の柱を起点に行い、できたら壁のカレンダー、窓枠、電信柱で次々に試した。窓枠では、外から光が差し込む昼間と、電燈の光が内から出ていく夜では、目測が狂うことを発見した。

あるいは、勤めていた写真館での夕食後の休憩時間に、近くにあった「ライオン歯磨」の広告塔を撮りまくったこと。「ラ」の字を目標に、カメラ保持、ファインダーのぞき、シャッター切りという一連の動作を一組にして、横位置五百回、縦位置五百回、合計千回を繰り返した。フィルムを使わない空シャッターだった。無意識にこれらの動作を繰り返せるようになるための訓練だ(土門は「メカニズムの肉体化」と書いている)。二か月これを繰り返し、ようやく完全にものにできたという。

若き写真家に向けてのメッセージも多い。中でもなるほど、と思ったのは、スランプについて。

土門はスランプを3つに分けている。

一 自分の思想の行詰りによるもの
二 自分の表現技術の行詰りによるもの
三 その両方がからみ合って起るもの

である。この分け方がすでに秀逸だ。そして「思想の行詰り」というところから、土門は読書や講演会に行くことを薦める。別のところでは、写真家(報道写真家)志望者は、写真を専攻する大学より、総合大学の文学部や経済学部、法学部に学んだほうがよいかもしれない、と書いている。そこで培った教養の厚みが、写真家の「思想」の充実につながってくるからだ。

他にも本書には、梅原龍三郎を怒らせたときのエピソードや、女性の写真を「ありのまま」に撮って相手に嫌われたことなど、いろんなことが書かれている。土門拳という破格の写真家を知るためにも良いが、エッセイ集としても秀逸だ。ただし、土門の写真をあまり見たことがない方は、まず写真集を手に取られることを勧めたい。

 

土門拳 古寺巡礼

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筑豊のこどもたち

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土門拳 腕白小僧がいた (小学館文庫)

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土門拳 風貌

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土門拳全集〈10〉ヒロシマ

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