自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1851冊目】町山智浩『トラウマ映画館』

 

トラウマ映画館

トラウマ映画館

 

 

目次を見てまずびっくり。25のタイトルが並んでいるのだが、知っている映画がひとつもない。たしかに映画にはそれほど詳しくないが、それでも名前くらいなら、それなりに知っているつもりでいた。それがこの状態である。

だが、それもそのはず。本書は一般的な意味での「トラウマになりそうな映画」を選んだ一冊ではない。著者自身が少年時代に観て「トラウマになった」映画が並んでいるのである。そのほとんどはDVDもビデオも発売されておらず、放映もされないため、事実上観ることすらできない。こんな「映画評論集」、見たことがない。だいたい、観たいと思っても映画自体を見られないような映画の評論を読んでどうするんだろうか?

……などと思いつつ、しかし読みだすとやめられないので二度びっくり。なんといっても、映画を語る著者の「芸」が極上なのである。短い文章の中に、映画のストーリーやキャストをまとめ、バックグラウンドを紹介し、似たような映画をダーッと並べ、しかも自身の映画体験をブレンドしながら、ユーモアをたっぷり交えてひとつのエンターテインメントに仕上げている。確かにこれなら、映画そのものが見られなくても、これだけでひとつの「売り物」として成り立っている。

「トラウマ映画館」と銘打つだけあって、登場する映画はどれも、著者の紹介だけでも悪夢にうなされそうなシロモノばかり。よくもまあ、これだけ「とんでもない」映画が作られ、また放映されたものだ。差別、虐待、暴力、レイプ、殺人、虐殺……。しかもそれが、フツーに民放の昼の映画枠で放映されていたのだから驚く。それだけおおらかな時代だったのだろうが、見せられた十代前半の著者にとっては、まさに「トラウマ」的体験そのものだったろう。

もっとも、映画の質は決して低くない。むしろ「埋もれた名作」ではないか、と思える作品も少なくない。特にアメリカの黒人差別を赤裸々に描いた『マンディンゴ』には驚いた。アメリカ白人の「見たくないもの」をこれでもかと詰め込んだこの一作は、批評家に総スカンを食らって闇に葬られた(一方、『マンディンゴ』のソフト版ともいえる『ルーツ』は絶賛され、歴史に残る名作となった)。

確かに、紹介を読む限りでも、これは相当に壮絶な映画である。黒人奴隷を次々に妊娠させ、子どもを奴隷として売り飛ばす白人の奴隷主。妻の浮気相手となった黒人奴隷を熱湯の沸き立つ釜に突き落とし、ピッチフォーク(藁を突き刺す農具)で突き殺す白人。しかもこの映画を酷評した批評には、どこにも「ここで描かれているのは事実と違う」とは書かれていなかった……!!

それにしても、やはりここまでくると、ホンモノが観たくなるのが人情というものだ。誰か古いフィルムを集めて「トラウマ映画館DVDセット」を販売してもらえないだろうか。値段によっては購入を検討したい。