読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1844冊目】ホセ・ドノソ『境界なき土地』

場所・都市・風景

 

境界なき土地 (フィクションのエル・ドラード)

境界なき土地 (フィクションのエル・ドラード)

 

 

チリの田舎にあるその小さな村には、電気さえ通っていない。地主のドン・アレホは代議士でもあり、村に電気を通すため知事と掛け合っているという。見た目は紳士だが、どうもウラがありそうなキナ臭い人物だ。飼っている4匹の犬は獰猛なやつばかりで、ドン・アレホの言うことしかきかない。

それならむしろ、粗野なならず者のパンチョ・ベガのほうがマシだろうか。いやいや、パンチョときたら、マヌエラが踊るのを断ったというだけで店中の瓶や皿をぶち壊し、マヌエラの服を無理やり脱がせてスペイン風のドレスを着せた上で、それをズタズタに破いたのだ。そこに現れて事態を収拾してくれたのがドン・アレホだった。ああ、やはりドン・アレホこそが紳士であって、村の救世主なのだろうか?

舞台は村の売春宿だ。店を経営しているハポシネータはまだ18歳。そしてその親であるマヌエラが本書の語り手にあたる。著者の「語り=騙り」は周到だ。さらりと伏線を敷いておき、マヌエラ自身のさりげない独白でがらりと世界を変えて見せる。訳者は著者の世界観を「グロテスク・リアリズム」と表現しているが、本書ではその片鱗がきらめいているにすぎない。だがそれでも、この小説はみごとに、虚無的なユーモアと投げやりな情熱、あけすけなエロと血の匂いのする暴力性のみによってできあがっている。

それらは決して暴走することなく、むしろエレガントと言いたくなるような見事な手際で、きっちりと物語の内側に閉じこめられている。中編としての完成度と濃密さは、歴史に名を残す世界文学に匹敵する。しかもその中にあるものは、とんでもないアブノーマルでエロティックで血と暴力に満ちた世界なのだ。

ドノソは「マージナルな世界にしか興味がない」という。訳者による解説には、ドノソ自身のインタビューが引用されている。「そこに描き出された世界では、あらゆる生物が歪み、普通とされる次元を失っていきます。すべてがほとんど判別不可能な実体となり、道徳的、性的、感情的に正常とされるものの規範が意味を失って、バラバラと崩れ落ちていきます」

このコメントに、本書のすべては言い尽くされている。これ以上のことを知りたければ、この短い物語を読むしかない。だから私も、ここでキーボードを打つのをやめておく。後は「あなた」自身が、ここにしかないドノソのグロテスク・リアリズム・ワールドを味わってみる番である。