自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1838冊目】宮城道雄『心の調べ』

  

心の調べ

心の調べ

 

  

宮城道雄のエッセイは、なんだか読んでいて心地よい。

 

口述がもとになっているからだろうか。もともとの言語感覚、文章感覚のためだろうか。言葉がふわりとやわらかくて、読んでいると、よくかきまぜたホイップクリームのように、中に空気がたくさん入っているのを感じる。それでいて、物事の順序はひじょうに正確で、起きたことも感じたことも、間違いのない言葉で綴られている。なかなかこういうエッセイは、ない。

 

宮城道雄は8歳で失明した。1902年のことだった。たつきの道を箏に求めて二代中島検校に入門し、なんと11歳で免許皆伝となった。ところが同年、朝鮮に移住した父が重傷を負ったため、宮城は朝鮮に渡り、箏と尺八を教えて家計を支えることとなった。全盲の10代の少年が、である。

 

成人してからは、作曲家として広く知られるようになった。西洋音楽の要素を導入し、邦楽の可能性を大きく広げた。今やお正月の定番「春の海」も、自ら開発した十七絃の箏を使用した「瀬音」「さくら変奏曲」も宮城の作品だ。「ワンワンニャオニャオ」「チョコレート」などの子供向けの箏曲、箏とオーケストラのための協奏曲まで作曲した。

 


春の海 宮城道雄自作自演 - YouTube

 

そんな宮城は、エッセイも数多く残している。本書は何冊かのエッセイ集からのアンソロジーで、誰がどういう考え方で集めたのかは書いていないのでわからないが、今までなかなか手に入らなかった単行本からの収録も多いのはありがたい。

 

幼少時の思い出から日々の交遊・雑感と話題は幅広いが、中でも盲人独特の「聴覚的世界像」がみごとに描写されているくだりが興味深い。例えば表題作「心の調べ」は、こんなふうにはじまる。

 

どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません。雰囲気と申しますか、声の感じですね。(p.10)

 

「頭を使う人の声は濁る」などという指摘もおもしろい。とはいっても、別に心が濁っているということではなく「疲れの現れ」が原因であろう、ということではあるのだが。足音でもそれが誰であるか、性別はおろか女でも美人かどうかが分かるというのも気になるところ。もっとも、ある時足音を聞いて「お巡りさんか」と奥さんに尋ねたところ「いいえ女学生です」と言われたともある。足音を聞くだけでも、女性が元気で活発になったことがわかるということなのだろう。

 

さて、本書は選りすぐりのエッセイ揃いだが、中で一篇を選べと言われれば、「白いカーネーション」をオススメしたい。ただし、ハンカチ必携である。なんとこれは、娘のよし子が産褥で亡くなった時のことを書いているのだ。幼い頃の思い出から結婚、妊娠、そして別れの瞬間から葬式のことまでが、淡々とした文章でつづられており、そのことがかえって切なく、涙なくしては読めない一品である。