自治体職員の読書ノート

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【1828冊目】『石田徹也ノート』

石田徹也ノート

石田徹也ノート

こないだ読んだ『俺俺』の表紙、特に怖いのは店員たちの「なにも見ていないような目」。見ているだけで不安になる。

本書にはそんな石田徹也の初期から晩年までの主要作品、創作ノート、夢日記などが、展覧会の開催された美術館の学芸員による解説とともにまとめられている。もっとも「晩年」といってもわずか31歳の若さである。石田は2005年、踏切事故で亡くなったのだ。

だから石田が画家として活躍したのは、せいぜい10年程度である。だがわずか10年の間に、石田は「石田徹也にしか描けない」独特の世界を作り上げ、深化させてきた。石田の絵が、誰かがマネをしたらすぐに分かる、というより、誰もマネできないものであることは、実物を見ればすぐに分かる。

初期の作品から、度肝を抜かれる発想が続く。特に、椅子や階段、あるいはSLや飛行機などと一体化したサラリーマンは、その不気味な無表情さもあいまって、なんだか見てはならないものを見てしまった気になってしまう。店員の目について冒頭に書いたが、なんで石田徹也の描く人々は、あんなに暗くて無機的で、絶望的な目をしているのだろうか。

だからこの人の絵は、ユーモラスであるにもかかわらず、なんだか見ていて笑えない。L字型金具に「お辞儀するサラリーマン」を融合させた作品なんて、寓意が痛烈すぎて胸に刺さる。

その後、石田の画題はサラリーマンから少年や女性にも少しずつ広がるが、やはり多いのは男、それも石田本人を思わせる若い男だ。そして、相変わらず笑っていない。目はやはり暗く、表情はうつろ。その絶望に、現代の社会の行き止まり感が重なり合って、どの絵もヒトゴトでは見られない。

そうなのだ。石田徹也の絵に出てくるサラリーマンや若い男は、どれも見ている「わたし」自身に思えてならないのである。そこに機械や部品が融合していても、ああ、やっぱりそういうことだったのか、と妙に納得してしまう。石田は自分の絵の登場人物について「他人の自画像」と言ったらしいが、ここにいるのは、絵を見ている「わたし」自身の写し絵だ。

結局、他の誰にも描き得ないやり方で、この世のリアルを写し取り、独特の寓意を通して表現したのが、この人の絵の描き方だったのだろう。そう考えると、わずか31歳で夭折されたことは、かえすがえすも惜しまれる。

ちなみに、私と石田徹也は生年が1年違い。ほぼ同世代なのである。そういう理由もあって、この人の絵には共鳴するものが多いのかもしれない。そして、だからこそ、石田徹也という「スコープ」が失われたのは痛かった。特に、あの東日本大震災を、福島第一原発の災禍を、この人だったらどんなふうに描いただろうか……いや、案外、そういう大きな事件は描かなかったかもしれない。

実際、阪神淡路大震災オウム事件も、この人は描いていない。だが、機械化したサラリーマンの姿の向こうに、その影響を読み取ることはできるかもしれない。石田徹也が描こうとしてきたのは、大事件でも大災害でもなく、ひたすらに石田自身が夢に見、あるいは幻視した石田の内面世界であったのだから。