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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1808冊目】高岩淡『銀幕おもいで話』

せつなさ・いとおしさ・なつかしさ

銀幕おもいで話 (双葉文庫)

銀幕おもいで話 (双葉文庫)

映画本6冊目。

著者は東映の元社長。1954年東映に入社、その後は京都撮影所で長きにわたり現場を踏み、ヤクザ映画から時代劇、そして邦画リバイバルを果たした現代まで、戦後の日本映画史の中心に居続けた人物だ。その人が語る高倉健萬屋錦之介鶴田浩二藤純子深作欣二松坂慶子仲代達矢との思い出話なのだから、これが面白くないワケがない。

中でもダントツにカッコいいのが、高倉健。私は最近の高倉健しか観たことがなく、任侠映画時代の姿は全然知らないのだが、役柄のカッコよさだけではなく、本書で描写されている、素の人間としてのカッコよさに痺れた。

例えば、『鉄道員』で日本アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた時のこと。すでに5回もこの賞を受けていた彼は、後進に賞を譲りたいと、当初受賞を固辞していた。だがそれでは、周囲のスタッフも賞を受けづらくなってしまう。そのため考えに考えた末、賞を受けることにした彼は、著者の家までわざわざやってきて「主演男優賞、喜んでお受けします」と挨拶したのだ。これが高倉健一流の気遣いであり、義理堅さであったと著者は語る。

あるいは、あの檀ふみ(実は著者の姪でもある)が高校生の頃、なかば無理やり映画への出演をさせられることになり、半泣きで衣装合わせをしている時、ポンポンと肩を叩かれた。振り向くと高倉健が立っており「高倉健です。よろしくお願いします」とピシッと頭を下げたという。当時のトップスターが、まったくの無名の高校生に対して、ですよ。

どんなに偉くなっても、礼と義理を欠かさない。決して器用ではないのだが、不器用な実直さが、かえって誰にもマネのできないスマートさを生み出している。こんな俳優、いや、こんな人物、なかなかいない。

本書全体にちりばめられた、著者自身のエピソードもおもしろい。たとえば東映が一世を風靡した「実録ヤクザ路線」時代、映画を観た組員が「なんやあれは! 責任者出てこい!」と怒鳴りこんできたことがあったという。著者を含め3人で先方に説明に行くと、40人ほどの親分衆が顔を並べていたという。怖すぎる。

その時はあれこれ2時間あまり吊るし上げを喰ったというが、実はその後、文句を言いに来た組員が警察に捕まった。ヤクザ側は、てっきり東映がタレこんだと思っていたらしい。

ところが捕まったのは別件で、取り調べでも東映怒鳴り込みの話は全く出ない。結局、東映はこのことを警察にまったく話していなかったことがわかったのだが、なぜか逆に感謝されてしまい、お礼にと「菱紋の立派な鎧兜」を持ってこられたという。なんともはや、いろんな意味で、今ではありえない話である。

だが、やくざモノ、極道モノを撮るとはそういうことであったのだ。単なるヤクザ礼賛でもダメだし、ヤクザ批判でもダメ。そのギリギリのところで、観客の琴線に触れる「義理と人情」を絞り出し、着流しの鶴田浩二高倉健が敵陣に乗り込んでいく、というふうに仕立てないといけない。

良し悪しではなく、これはやはりひとつの時代だったというべきだろう。その時代を作ったのが、演じた高倉健鶴田浩二であり、あるいはメガホンをとった深作欣二であり、背後でそれを支えた高岩淡であったのだ。本書はもちろんそれだけではなく、東映時代劇の黄金期から、著者が製作総指揮をとった最近作の「男たちの大和 YAMATO」にまで及んでいるが、読んでいて一番興味を惹かれたのは、まったく観ていない東映ヤクザ映画の世界であり、そこで躍動した人々の姿であった。う〜ん、やっぱりこれは、一度観なきゃダメかな。