自治体職員の読書ノート

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【1795冊目】杉山登志郎『発達障害のいま』

発達障害のいま (講談社現代新書)

発達障害のいま (講談社現代新書)

「障害者をめぐる20冊」17冊目。

知らなかったこと、びっくりすることが次から次へと出てくる本だった。「発達障害」について、最低限のことは知っていると思っていたが、臨床レベルでは何も知らないに等しかったことを思い知らされてちょっとショックだった。

例えば、発達障害の大多数では遺伝的要因がもっとも可能性が高いとされており、特に胎盤の重さと関係していること。その胎盤の重さに関係があると認められるのは、母親ではなく父親の年齢であること(したがって、父親が高齢である場合に発達障害の子どもが産まれる可能性が高い)。したがって、というべきか、子どもが発達障害である場合、親もまた発達障害を抱えている可能性が高いこと……。

だが、遺伝性だからといって、素因をもって産まれたらどうにもならない、というワケではない。著者はこれについて、遺伝に基づく「素因レベル」と、症状として現れる「障害レベル」に分けて考える必要があると指摘する。そしてなんと、素因レベルの人々(つまり遺伝的に発達障害の「因子」をもっている人々)は、障害レベルの5倍は存在するとされているらしい。この、素因レベルにとどまっている人々のことを、著者は「発達障害」ではなく「発達凸凹」と呼ぶ。

発達凸凹の人の能力は、必ずしもマイナスとは限らない。むしろ「凸」の部分に着目すれば、人よりすぐれた能力をもつ、いわゆる「天才児」がここには多く含まれる。国によっては、こうした天才児のための「凸」を伸ばす特別支援教育が行われている。ダーウィンウィトゲンシュタインルイス・キャロルアインシュタインビル・ゲイツも著者のいう「発達凸凹」と思われるとのことである(もっとも、「天才」には高頻度に発達凸凹が見出されるが、大多数の発達凸凹は天才ではない、とも著者は書いている)。

では、こうした「発達凸凹」と「発達障害」の違いは何か。そこに著者は、素因としての発達凸凹に負の作用を及ぼす「増悪因子」の存在を指摘する。その主犯がトラウマ、特に虐待やいじめなどの経験がもたらす、深刻な心の傷である。

特に本書で取り上げられている虐待の事例は、悲惨としかいいようがない。そこにはさまざまな負の因子が絡んでいる。発達障害の「素因」があるために、子ども自身が周囲とうまくコミュニケーションが取れなかったり、問題行動を起こしやすいこと。先ほども書いたように親自身も(診断を受けていないけれども)何らかの心理的な障害を抱えていることが多いこと。さらに親自身も虐待の被害者であることがきわめて多く、いわゆる「虐待の連鎖」が起こりやすいこと……。

特に痛ましいのは、こうした虐待の記憶が、幼い子どもにとっては対人関係の基盤となり、ゆがんだ愛着が形成されてしまうこと。これを著者は「虐待的絆」と呼ぶ(いやな言葉だ)。この歪んだ愛着関係は、恐ろしいことに反復する。よく言われることではあるが、父親から虐待を受けて育った娘は、得てして、かつての父親のような暴力的な夫と結婚してDVの被害者となり、子どもが産まれると、今度は子どもを虐待する側になってしまう。

だから発達障害への対応には、こうした記憶のトラウマを何とかする必要がある。何とかすると言っても、治療レベルで何とかなるような問題なんだろうか……とも思えるが、なんと本書では、実際にトラウマを「処理」するための治療法が紹介されており、実際に臨床現場で成果をあげているという。

本書で一番驚いたのは、このトラウマ処理法のありえないほどの簡単さと、効果の絶大さだった。とりわけ「EMDR」(Eye Movement Desensitization and Reprocessing 眼球運動による脱感作と再処理治療)という治療法はものすごい。

「治療者は患者の目の前に指二本を立て、その指を左右に振る。患者は目で指を追い、それによって眼球を左右に動かす。この眼球運動とともに、トラウマになっている記憶の想起をおこなうと、なぜかその記憶との間に心理的な距離が取れるようになる」(p.124-5)


実際には他にも色々なパターンがあり、また気をつけるべき手順もあるのだが(だからこれだけ読んでシロウトがやってみるというのはNG)、それにしてもこの簡単さはどうか。もちろん誰にでも有効というわけではないだろうが、それでも、例えば過去に身内から性的虐待を受け、自身も子どもを虐待していた母親がEMDRのセッションを6回ほど行っただけで「自信のオーラが見られ」子どもへの虐待が止まった事例や、やはりひどい虐待を受け解離性障害となった8歳の女の子が、EMDRと自我状態療法というメソッドを組み合わせて実践したところ、やはりその子の中の「赤ちゃん人格」が成長し、劇的な改善をみたという事例を読むと、やはりこれはタダゴトではないと思える。「トラウマと正面から向き合う」という、書くのはカンタンだが臨床現場での実践は困難をきわめるプロセスを、このEMDRは驚くほどやすやすと乗り越えてしまっている。

本書は他にも、発達障害と精神科疾患の関係(特にうつ病との併発が多いという)、診断を受けずに大きくなった「大人の発達障害」への対応(悪質なクレーマーにこのタイプが多いらしい)などについてもかなり詳細に書かれており、新書ながら中身は非常に濃い一冊だ。子どもが、あるいは自分自身が発達障害ではないかと思っている人は、一度覗いてみるとよい。

とりわけ、子どもが発達障害の素因をもっていると思われる場合は、きちんとした専門的な療育を受け、子どもの状態を理解し、著者のいう「発達凸凹」として、すぐれた能力を伸ばしてあげるところまでもっていくことが大事だという。ちなみに学校については、発達障害不登校については、著者は「行かせるべき」という考えだ。「なかでも自閉症スペクトラム障害は、その障害の中核である社会性のハンディキャップを改善するために、社会的な経験を積むことが何よりも大切になるから」(p.166)とのことである。

もちろん、学校側が障害を理解し、きちんと対応してくれることが前提だが(特に発達障害の子どもはいじめのターゲットになりやすい)、ふつうの不登校と同じに考えて「そのうち行くだろう」と思っていると、あっさりそのまま卒業年齢になってしまうという。不登校段階で積極的に周囲が介入しないと、そのまま就職もできず、ひきこもり状態になるリスクが高いそうだ。

いずれにせよ、ここでもまずは発達障害にあたるのかどうかきちんと診断を受け、その結果に沿った対応をしていくのが大前提なのだ。ある意味、本書を読む際の最大の注意点は「素人判断は危険」ということなのかもしれない。