自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1780冊目】井上雄彦『リアル』

リアル 1 (Young jump comics)

リアル 1 (Young jump comics)

「障害者をめぐる20冊」2冊目は、今更紹介するまでもないであろう、車椅子バスケットボールを扱った超有名マンガ。井上雄彦のマンガの中でも、ひょっとしたら一番たくさん読み返しているかもしれない。

骨肉腫で右脚を途中から切断し、陸上から車椅子バスケに転向した戸川は、我が強く個人プレーに走りがち。野宮は健常者だが、バイクで後ろに乗せていた女の子を事故に巻き込み下半身不随にしてしまう。その野宮をバスケ部から追い出した、エリート意識が強く他人をすぐランク付けしたがる高橋は、自分自身がトラックにひかれて下半身不随となる。出てくる連中は、誰も彼も個性的で強烈で、それぞれがとんでもない「負」のドラマを抱えて生きている。

障害者について描かれたマンガであることは間違いない。障害があるがゆえの不便、屈辱、孤独感もたっぷり描かれている。だがこのマンガのいいところは、「健常者」と「障害者」というくくりで人を見る、ということができなくなる点だ。

障害者について「あっち側の人」「自分とは関係ない人」という認識を持っている人は多い。以前は私もそうだった。無意識のうちに、「障害者」というカテゴリで人を色分けし、ひとまとめに眺めてしまう。「健常者」の悪いクセだ。

この作品は、そういう安直な色眼鏡を吹き飛ばす。「障害者はかわいそう」「障害者は善良」といったステレオタイプも、このマンガは粉々に破壊する。当たり前のことだが、そこにいるのは一人ひとりの人間である。我が強いスタープレイヤーの戸川と、筋骨隆々で冷静な長野と、傲慢でプライドの高い高橋を「障害者」でひとくくりにするなんてナンセンスなら、単純バカのヤンキー、野宮を「健常者」として、線を引いて別扱いにするのもナンセンスなのだ

1巻に好きなシーンがある。野宮と戸川が賭けバスケをやって、負けた相手に、車椅子を使うなんて汚ねえよ、と言われた時に、野宮が言い返すセリフだ。句読点を補って引用する。ちなみにビンスは戸川のこと、アイバーソンやシャックはNBAのスター選手だ。

「ヒガむなよ、お前ら。

このマシンは今やビンスの脚なんだ。
マシン脚を持ってねえからってヒガむなよ。

お前ら、アイバーソンと勝負して負けても
フェアじゃねえっていうのか?
シャックに負けても汚ねえっていうのか。

シャックは鋼鉄の巨体を持ってる。
アイバーソンは全身バネのカタマリ。
戸川清春はマシン脚!!

これはこいつの才能だ。」


さて、車椅子バスケのシーンも迫力満点、障害をもつことの大変さやリハビリの過酷さもマンガならではの表現力でものすごいリアリティがあり(車椅子で見下ろした坂道の恐ろしさ、丸太になった脚と石の巻き付いた胴体の描写など)、さらには人間ドラマも秀逸と、まったくもって捨てるところのないマンガなのだが、最近の白眉はなんといっても最新刊の13巻、高橋と同じ病室に来た悪役プロレスラー「スコーピオン白鳥」が試合をするシーンである。なんとこの白鳥、事故で腰椎を損傷してリハビリ中、とても立っていられる状態ではないのだが、周囲の反対を押し切ってプロレスの試合に出場してしまうのだ。

ムチャと言えばムチャ、無謀といえば無謀そのものなのだが、それでも障害を隠し試合に出て、ライバルとの激闘を繰り広げる白鳥の姿は、もう感涙モノ。だいたい、リハビリ中で満足に立てもしないプロレスラーを主役に、リアリティ満点でしかも感動モノの試合を描いてしまう著者の力量って、いったいなんなのだろうか。こんなマンガ、読んだことない。

そしてこの試合こそが、プライドが高く傲慢な高橋を根底から変えていくのだ。人を変える、人が変わることの凄さ、すばらしさを、これほどの説得力で描いた作品もまた、他にちょっと思いつかない。そして、高橋だけではなく、読んでいるこちらもまた、間違いなく心揺さぶられ、読み終わった後に自分の中で何かが変わったことに気付くはずだ。

スラムダンク』や『バガボンド』も素晴らしいが、この『リアル』が私の中では井上雄彦の最高傑作。何度でも読み返したくなり、読み返すたびに新しい発見のあるマンガである。

REAL 13 (ヤングジャンプコミックス)